寝子島あやかし譚　七人ミサキ｜リアクション

寝子島あやかし譚　七人ミサキ

　　　４

　女子高生は彫刻刀を両手に持っていた。主婦は出刃包丁、少年が鋏ということを考えると、どれも自分の持ち物なのかもしれない。
　女子高生が両手をメチャクチャに振り回す。蒼留人は近づけないよう、木刀の切っ先でそれをいなした。
　その横から少年が走ってきた。蒼留人の眼下から、鋏を突き上げてくる。
　歩が言うように、全員、心臓を狙ってくるようだ。つまり、急所を刺されなければ問題ない――わけではない。それ以外でも傷つけば当然痛いし、痛ければ動きが鈍る。極力、当たらないようにするしかない。
　蒼留人に避けられても、少年は挫けなかった。しゃがんではジャンプ、しゃがんではジャンプの攻撃を何度でも繰り返す。それも同じ位置からではない。着地するたびに少しずつ移動し、距離を取ろうとする蒼留人についてくる。
　いくら化け物とはいえ、子供を攻撃するのは躊躇われた。女子高生も同様だ。大人ならいいというわけでもないが、まだ良心が痛まない。――痛まないはずだ。多分。
　蒼留人は自分をそう納得させ、少年たちから離れると、主婦の前に飛び出した。持っている武器が二人よりも凶悪なので、蒼留人にも迷いがなくなる。
　勢いよく木刀を振り下ろし、主婦の手首を力いっぱい叩きつける。痛みを感じている様子はないが、衝撃で出刃包丁を落とす。その隙を狙い、蒼留人は主婦の鳩尾に突きを入れた。
　死にはしないまでも、動けなくなるはずだ。それだけの攻撃だった自信はある。
　予想通り、主婦はその場に崩れ落ちた。少年と女子高生が追ってくるので、蒼留人はその場をすぐ離れる。
　その時だ。

　からん、ころん。
　かららん、ころん。

　奇妙な音。壊れた鈴――蒼留人は、古い喫茶店のドアベルを思い出した――のようだ。
　走りながらちらりと顔を向ければ、修験者が腰の鐘を持ち上げて揺らしていた。そして音に合わせ、主婦がゆっくりと立ち上がる。
「マジかよ……」
　蒼留人は唖然とした。「倒しても復活って、そういうことか。じゃあ、あの鐘をどうにかすれば……」
　だが、三人に追われている状況で、もう一人を相手にするのは無謀と思えた。
　朝まで逃げ回れ、という歩の指示を思い出し、蒼留人も腹を括る。
「よし！　相手になってやる！」
　急ブレーキをかけ、くるりと三人に向き直る。先頭の女子高生目掛け、蒼留人は目いっぱいの突きを繰り出した。

　――そうして、二時間が経過した。
　もはや逃げ回る体力も残っていない。
　蒼留人は息を切らせながら、橋の下に隠れていた。七人ミサキは、うろうろと蒼留人を探している。時間稼ぎにはなっているようだから、これはこれでいいはずだと蒼留人は思った。
　歩はどうしているだろうか。
　走ったり跳んだり蹴ったり、歩は「脚」を使った動作は疲れにくいらしい。であれば、今もまだ、元気よく走り回っているかもしれない。
　近くにいるはずが、あまり音は聞こえてこない。もしかしたら、霧のせいかもしれない。
　ただ、そんな中でも時折、からんころん、という鐘の音だけは聞こえてくる。
「――！？」
　蒼留人は顔を上げた。いつの間にか、三人がいなくなっている。慌てて飛び出すと、歩と鉢合わせした。
「漫さん！」
「まずい。あいつら、別の獲物を見つけたらしい」
「こんな時間に！？」
　既に日付は変わっている。都会であれば、まだまだ人出の多い時間帯だが、ここは寝子島である。
「大丈夫！？」
という少女の声が聞こえた。歩と蒼留人は顔を見合わせ、声のした方に駆け出した。
　莉鳥が、そこにいた。