寝子島あやかし譚　七人ミサキ｜リアクション

寝子島あやかし譚　七人ミサキ

　　　プロローグ

　いつの頃からか、猫又川には不思議な噂が流れるようになった。
　夜になると、亡霊の集団が現れ、遭遇した人間を攫うというものだ。
　新聞記事を紐解けば、最も古いもので三十年ほど前。バブル崩壊後、昼も夜もなく働いていたサラリーマンが、終電後、帰宅途中に姿を消した。この時は、自ら失踪したのだろうと思われた。
　その次が二十六年前で、主婦が消えた。不倫の末の逃避行では、という下卑た噂が実しやかに囁かれたが、彼女は家から何も持ち出していなかった。主婦が身に着けていたのは、エプロンとサンダル、そして出刃包丁だけだ。
　十六年前には、女子高生が消えている。誘拐だろうというので騒ぎになり、捜索隊を結成し、島中を探し回ったが遂に見つけることは出来なかった。新聞記事には母親の「娘を返してください」という悲痛な訴えが載っている。
　同じ日に、子供が一人いなくなっている。靴が片方だけ残されていた。女子高生同様、誘拐事件と判断されたが、未解決のままだ。
　八年前には、華道を教えているという女性が、教室の帰りに消えた。これは失踪以外に事件・事故共に視野に入れて捜査されたが、やはり何も分からなかった。
　三年前には、外国人旅行者が行方不明になった。休暇中の軍人だったらしく、脱走兵として処理された。
　そして、もっとも最近の事件は――。

「多分、他にも犠牲者いるんですけど、目撃情報に合うのはこの六人ですね」
　東門巧は古い新聞のデータを見せて言った。
「不思議なのは、その辺を歩けば必ず遭うってわけじゃないらしいんですよね」
　辺りを憚るように声を落とすが、興奮を隠しきれていない。
「……楽しそうね」
　巧の前に座る椎井莉鳥は、呆れたような声を出した。
「いやいやいや」
　巧は眼鏡をかけ直しながら否定したが、にやにや笑いが止まらないでいた。
　人の不幸は蜜の味――とまではいかないが、自分が巻き込まれるのでなければ、トラブル話というのは実に楽しい娯楽なのである。特に怪異となれば。
「というわけで、今後の参考にするのでぜひお話を聞かせてください」
「今後の参考って」
　莉鳥は嘆息し、いいわ、と答えた。
　どの道、今回の事件をきちんとまとめたいと思っていたところだ。誰かに話すことで、自分の中でも整理がつくかもしれない。
「――あれは、一昨日の晩だったわ」
　そう、莉鳥は話し出した。

このページにイラストを設定する