寝子島あやかし譚　七人ミサキ｜リアクション

寝子島あやかし譚　七人ミサキ

　　　２

　同じ頃、響蒼留人は橋の下に隠れていた。
「まずいなあ……」
　ぜーぜーと息を切らせながら、小さく呟く。
　自主練に夢中になり、すっかり遅くなってしまった蒼留人が猫又川を通りがかったのは、午後十時頃だった。
　目の前に突然霧が現れ、叫び声が聞こえた。
　蒼留人はカバンを放り投げ、木刀を握り締めると声のした方へ駈け出した。霧のせいではっきりとは見えなかったが、誰かが誰かを襲っていた。
　迷うことなく襲撃者の手首を打つ。
「逃げろ！！」
　襲われていた相手は躊躇っているようだったが、再びの忠告に意を決して走り去った。
　蒼留人はホッとし、改めて襲撃者に目を向けた。
　それは黒白滴であったが、霧がますます濃くなり、蒼留人には分からなかった。ただ、寝子島高校の制服であることだけは認識した。
「おいお前！　何やってんだ！！　警察呼ぶぞ！！」
　そうは言ったが、スマホはカバンの中だ。それに、同じ学校に通う人間を突き出す前に、なぜこんなことをしたのか確認したい気持ちもあった。
　だが滴はゆらゆらと揺れ、一度は落とした武器を拾い上げると、赤くギラつく目で、今度は蒼留人に襲い掛かってきた。
「――マジかよ！」
　蒼留人は咄嗟に、下げていた木刀を切り上げた。再び刃物――小刀だ――を跳ね飛ばし、滴がそれを探している間に自販機の裏に逃げ込む。
　滴は小刀を探し出すと、ゆっくりと首を巡らした。蒼留人を探しているらしい。
　まるでゾンビ映画だ、と蒼留人は思った。
　蒼留人を見つけられず、歩き出す滴を見てその思いを強める。滴はまるで、重心を失ったかのようにふらふら、ゆらゆらとしている。
　滴の前には別の誰かがいるらしく、彼女たちはまるで入場行進のように一列に歩いていく。
　その後姿をそっと覗いていた蒼留人は、一人残された人影を見つけた。
「だ、大丈夫か？」
　この状況で立ち尽くす人間が、「普通」とは思えない。だが、もしかしたら怪我をしているのかもしれない。蒼留人はままよとばかりに声をかけた。
　が、返事がない。
　逡巡し、蒼留人はその人物に近づいた。
　五十代半ばの女性だった。高そうな着物を着ているが、どこもかしこも血や泥で汚れている。髪はきちっと結い上げてあったのだろうが、今は半端に垂れ下がっている。
　真っ白な顔を血と泥で汚し、赤い瞳は虚ろだ。
　蒼留人の声に反応しないどころか、触れても全く動かない。
「……どういうことだ、これ？」
「七人ミサキさ」
　不意に後ろから声をかけられ、蒼留人は飛び上がりそうになった。
「驚かせた？　ゴメン」
「誰かと思えば……」
　漫歩だ。
「七人ミサキ？」
「あやかしさ」
「漫さんの仲間？」
「仲間といえば仲間だけど」
　うーん、と歩は腕を組んで唸った。
「あいつらは文字通り、七人いるんだ。その中の一人が別の人間を襲うと、入れ替わって成仏する」
「成仏？　入れ替わるって、じゃあ」
　蒼留人は目の前の女性と、滴が去った方向を見比べた。
「今は猶予時間。朝になると彼女が成仏し、めでたく黒白ＪＫが仲間入りってわけだ」
　その時初めて、蒼留人はあの女子高生が誰だか知った。
「何だよそれ……自分だけ良ければいいのか？　自分の運命を人に押し付けるな！」
　蒼留人が女性に掴みかかろうとするのを、歩は止めた。
「やめた方がいい。今は」
「今は？」
「彼女を攻撃すれば、黒白ＪＫは確かに解放される。が、その時の状況は？」
「――あっ」
　そう、目覚めたとき、滴の周りには六人の化け物がいる。
「じゃ、どうすれば……」
「時間稼ぎをするんだ。朝になれば、奴らは霊界に帰る。その直前にこの人を攻撃し、黒白ＪＫを連れて逃げる」
「やっつけちゃえばいいんじゃ？」
　歩はかぶりを振った。
「倒しても、奴らはすぐ復活する。それに他の人たちが犠牲になるのも防がないといけない」
「つまり？」
「俺たちであいつを相手にしながら、朝まで踏ん張るんだよ」
　長い長い戦いが始まった。

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