寝子島あやかし譚　七人ミサキ｜リアクション

寝子島あやかし譚　七人ミサキ

　　　１

　椎井莉鳥はその夜、なかなか寝付けないでいた。
　蒸し暑かったせいもあるだろう。ふと、将来について考え始めてしまったことにも原因があるかもしれない。
　とにかく目を瞑っても羊を数えても眠れず、布団の上でごろりごろりと何度も寝返りを打ち、零時を回ったところで遂に寝ることを諦めた。
　ライムグリーンのタンクトップとショートパンツにサンダルを引っ掻け、家を出る。夜中だというのに気温が下がる様子はなく、軽装でも過ごしやすい。だが、湿度が高いのは不快だ。
　異変に気が付いたのは、猫又川の付近に差し掛かったときだ。
　肌に貼りつくような空気が、きゅうにひんやりとし始めた。霧が出てきて、視界が悪くなる。
　そして、からん、ころん、かららん、ころん、という妙な音がどこからか響いてきたのだ。
　霧の向こうに人影が見える。自分と同じように、寝苦しさから散歩に出たのか、と呑気に思っていたのはその影の正体を認識するまでだった。
　縦一列に並んだ複数の人間――のように見えた――が、霧の中からぬうっと姿を現した。手に手に、刃物を持って。
　――まずい！
　莉鳥は咄嗟に地面に身を投げ出した。次の瞬間、今の今まで彼女がいた場所を、何かが切り裂いた。
　ほとんど条件反射のように莉鳥は目を瞑り、指先に気を集中させる。
　指から放たれた電撃が、相手に直撃する。手応えはあったが、確認しないまま莉鳥は飛び起き、その場を離れた。

　からん、ころん。

　また、妙な音がした。
　莉鳥が振り返ると、男の子がのろのろと立ち上がるところだった。
　莉鳥は青ざめた。彼女の【スタンハンド】は、大の男を気絶させるほどの威力があるが、子供相手にどの程度の効果があるか分からない。
「だいっ――」
　――大丈夫？　と問おうとした莉鳥は、再び息を飲んだ。
　男の子はえんじ色の帽子をかぶり、黒いランドセルを背負っている。左胸の名札がある辺りは、乾いた血がこびり付いていた。そして右手には、鋏を握っている。
　ゆっくりと、男の子が顔を上げた。まるで血の気がなく、真っ赤な目は虚ろだ。
　その生気のない目で、男の子は確かに莉鳥を見た。
　左右に身体を揺らしながら、男の子は近づいてくる。――と思いきや、突然、目にも止まらぬ速さで、襲い掛かってきた。
「ちょっ――！？」
　鋏の切っ先が狙ったのは、莉鳥の胸だ。
　莉鳥は地面を蹴り、後ろに飛び退いた。男の子は空振りし、つんのめるように地面に倒れる。
「だ、大丈夫？」
　わけが分からぬまま、莉鳥は手を差し伸べようとした。その手を、男の子の鋏が掠る。
「ッツ――！」
　手の平に血が滲む。傷口に唇を寄せ、莉鳥はようやく理解した。
　なぜかは分からないが、この男の子は自分を殺そうとしている、と。
　ポケットから出したハンカチで傷口を縛りながら、莉鳥は考える。ここから逃げる方法を。
　だが、その考えは目の端に映った人物によって覆される。
　列の先頭には、修験者のような男がいた。腰に下げた鐘が、からころと妙な音を立ててる。壊れているのだろう。
　そして列の一番後ろにいたのは、寝子島高校の制服を着た少女だった。
　放っておくわけには、いかなかった。

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