お墓参りに行きましょう｜リアクション

お墓参りに行きましょう

　
◆三毛谷道哉の場合。

　今日も今日とて日課のぶらり散歩をしていると、花束を下げた親子とすれ違った。
　同じような人、花屋でしきびを買い求める人なども見かける。和菓子屋のショーウィンドウには、『お供え用に』と書かれた紙がおはぎのイラストと一緒に貼られていたりして。
「ああ……今年ももうそんな時期か」
　と道哉は悟った。
　この世に生まれ落ちてからはや幾年。何の因果か猫又となり、今ここにありて、ただそうあるがままを享受し、傍らより去るものを惜しむことなく、失った数を数えるのはとうにやめていた道哉でも、それでもふと、それらの面影が胸に去来するときはある。
「思い立ったが吉日とも言うからね」
　ぽつり、つぶやいて。彼が向かったのは、今も現実と霊界の端境に存在している幽霊マンション『Ｙ』だった。
　黒い扉は今も封鎖されたままだ。
「やあ。ふらりと足が向いてね。また来てみたよ」
　途中で買った花束、それにおはぎとお茶の缶を中庭にそっと置く。
「ここから旅立ったのは知っているよ。だから何をしても、おまえさんには届かないかもしれないが……。
　元気かい？　あれから、家族とはうまくやれているかな。それを確認するすべは、今の私にはないが……猫又としての生を終えたいつか、あるいは来世か、それまた後か、霊界か。いずれにせよ、また出会える縁があったなら、そのときはよろしく頼むよ」
　そっと手を合わせ、心の中でそうつぶやいて、静かに目を開ける。
　山高帽のつばを持ち、マンションを仰いだ。
「他の皆もだ。ここでは悲しいことが起こり過ぎた。だが、だからといって、いつまでも悲しみに暮れていることはないんだ。
　今はただ、安らかに眠っておくれ」
　そう。忘れるわけじゃない。
　忘れることはない。ただ、思い出さないだけ。
　生き続ける限り何度も繰り返し訪れる、生きる楽しさと、共に過ごす喜びと。それをはるかに上回る、胸を引き裂くような悲しみの痛み。その嵐のような感情の振れ幅は、人であれ猫であれ、小さな体で受け止めるにはあまりに大きすぎて。並のものならば心が壊れてしまうに違いない。
（それとも逆か。
　だから私は猫又になれたのか）
　親兄弟、妻子に飼い主、気のいい猫や人たち。みんな、みんな。一時の借宿のように彼の傍らで羽を休め、そして再び空へ羽ばたいていった。見送る彼を地上へ残して。
「猫又になってからは、見送る数が増えるばかりだね」
　面影が消えた後もかすかに残る、ほんの少しの懐かしみと切なさをかみ締めるように、道哉は静かにほほ笑む。
　そしてそのまま立ち去ろうとしたところでふと思い出し。足を止めて振り返る。
「ああそうだ。
　きなこのことだが。彼女は私が見守っていくから、器（亡骸）も、お母さまも、安心してほしい」
　そう呟いた直後、ふふと笑う。
「きなこの顔をみて言えという話だね」
（家系やつながりは探した方がいいかとも思ったが、さすがに本人の意見が優先かな）
　相手にとってそれがいいことなのだと勝手に決めつけて動くのは、まさしく「えご」というものだろう。
（無闇に掘り返すのも傷つきかねん、か）
　――ふう。
「やはりやたらと手を出さず、物事に深くとらわれず、今を満喫するのが一番かもしれないね」
　風の吹くまま気の向くまま。明日は明日の風が吹く。そうなることが運命なら、こちらでどうこうせずとも自然と機は訪れる。そのときを見誤らず、動けばいいのだ。
「まあ、歩きながら考えるさ。あやかしなんだ、時間はある」

　マンションの敷地を出ると、まるで時が動きだしたように風を感じた。
　道なりに吹き流れていった風の行方を見るように、肩越しにそちらへと視線を流す。
　風は吹くものだ。それをとどめようなどと、無粋者のすること。
　それに。

「別れの数だけ新しい出会いもある、……だろう？」

　山高帽のつばの下から空をうかがい、親しい者に話しかけるように問いかけた。
　

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