【マジコーネ：第５紀 黄金時代】

　冒険者がダンジョンで稼ぎ出した宝や財貨が世に巡り始めた頃、時代は一時の静穏に包まれました。戦の気配は鳴りを潜め、貴族は豪奢に仕立てた居城にて連夜に渡りゴージャスな宴をもよおし、権力者たちは怠惰な暮らしに耽ります。反対に民衆は貧しくなり、わびしく質素な生活を強いられ、貧富の差は色濃くなってゆきました。
　誰が呼んだか、黄金時代。虚構の輝きに彩られたこの時代は、富める者と貧しき者の密やかな奪い合いを加速させ、多くのアウトローやアンチ・ヒーローの誕生をもたらすことにもなり、後世には怪盗の時代とも呼ばれました。



　ネコミミネコシッポを風になびかせ、コウジは闇夜を駆け抜けます。
「ここか。悪名高い放蕩貴族、クロサキの屋敷……お宝はぜんぶ、俺がいただくよっ」
　コウジの＜かたがき＞は『とうぞく』。半人半猫種で、しなやかな身のこなしによって大胆にしてアクロバティック、かつ無音での侵入を得意とします。身につけた装備一式は認識阻害機能を備えていて、夜分にコッソリ忍び込むにはぴったりです。
　お金持ち専門の泥棒として、怪盗コウジの名はちょっぴり知られておりました。
　屋根伝いに侵入。手始めに黄金仕立ての装飾をぽきりと折って拝借しつつ、雨どいにぶら下がり、窓から屋敷内へ。
　貴族の屋敷ですから、ためこんだお宝を守るために雇われた傭兵、冒険者くずれや騎士くずれが巡回しているのが常です。警戒しつつ階下を覗くと予想どおり、いかつい顔に屈強な肉体の戦士たちが、宝物庫の前に陣取っているのが見えました。
　一見、つけ入る隙も無いように見えますけれど。
「ふむふむ。思ったより手薄だね」
　事もなげに言うのです。
　まずは持っている猫型の杖を振るい、がしゃーん！　窓の一枚を派手に砕きます。
「なんだ！？」
「侵入者か！？」
「おい、警戒しろ！」
　あっという間に大騒ぎ。彼らは一生懸命警戒しているつもりですけれど、今はとにかく、割れた窓へ意識が集中しています。やがて屋敷の全体へ警備の目が巡ることになるでしょうけれど、その一瞬の隙があれば、コウジにはじゅうぶんです。
「よっと」
　階段の手すりを飛びこえしゅたんと着地。背後へコウジが降り立ったにもかかわらず、鈍い衛兵は気付きもしません。
　抜き足差し足、猫の足。するすると水が流れるように進み、宝物庫の入り口へ。浮足立った警備の人員の目はそれており、そして数秒もあれば、扉の鍵を外すことなどコウジには朝飯前です。
　かちゃかちゃ、かちゃり。
「よし、侵入成功！」
　後ろ手に扉を閉めれば、そこはもはやお宝とコウジだけの世界に早変わり。
　とはいえ、悠長に眺めているわけにもいきません。いずれ警備の目は宝物庫内部にも及ぶでしょう。その前に目利きし、真に価値ある宝を見極め、持ち出さなければなりません。
「これは……『あくまのティーカップ』。伝説の執事ヤガミの使ったレア食器シリーズの一つだ、これはすごい！　いただいておこうっと。こっちは聖・ゼロ教の黄金のロザリオに、猫魔法使いアヤカの魔導書『キャット・メモリー』、これもレアものだなあ。もらっておこう……あれ？」
　にゃあん。力ない鳴き声が聞こえ、コウジは宝物庫の奥へと進みます。
　すると。
『お願いだよ、とうぞくさん。ボクをここから出してよ！』
「君は……翼の生えた猫？」
　小さな檻にきゅうくつそうに収まっている、銀色の翼持つ猫が、うるんだ瞳でコウジを見上げておりました。
　コウジの持つ＜スキル＞は、動物と意思疎通を図ることができる『アニマル・トーキング』。犬や猫はもちろん、ライオンなどの肉食獣、時にモンスターとも会話することができました。
　そんなスキルを用いて、猫くんの話を聞いてみますと、
『ボクはテオ！　羽のある猫は珍しいから、闇オークションを転々として、あちこちに売られて……このお屋敷の主人も、ただ珍しいからっていうだけでボクを買ったんだ』
「そっか、それは大変だったね……うん、確かに綺麗な毛並みだもんね」
『こんな檻から抜け出して、自由になりたいんだ！　ねえ、ボクをここから出しておくれよ！』
　どうやら一番のお宝は、ここにいたようです。
「俺といっしょに、行こう！」
　コウジは難なく檻を壊し、翼猫をそっと抱き上げると、屋敷を抜け出します。
　衛兵たちが宝物庫の異常に気づいて騒ぎ始めるのは、明け方近くになってからでした。



　翼猫テオとの出会いは、コウジの怪盗人生を一変させました。
　盗むものは金銀財宝やレアアイテムのみならず。
『珍しい動物も魔物も、お金持ちの人間たちに捕まえられて、売り買いされる時代なんだ。ボクの友だちの猫たちも、みんな捕まっちゃった……』
「よーし。それじゃ、みんな助け出そう！」
　東へ行っては、猫の妖精ケット・シーを恐ろしいドラゴンの巣穴から盗み出し、西へ旅しては、貴族のペットに甘んじていた神獣・白虎を助け出しました。人身売買の横行する闇のマーケットに踏み込んで、今まさに売り飛ばされようとしていた猫耳少女を買い手から奪い去り、心ある人々からの喝采を浴びました。
　不幸な境遇にある猫たちを救い出す、コウジは猫怪盗となったのです。
『コウジ、さらわれた猫たちがこんなに……！』
「みんな、俺のところにおいでよ。友だちもたくさんいるからね」
　にゃおにゃお、にゃおーん！　ふつうの猫も、魔物の猫も、分け隔てなくコウジは救います。
　あんまりにも分け隔てがないもので、彼のアジトはあっという間に猫でいっぱいになってしまい、仕方ないので森の近くの空き家をリノベーションして、新たな家とすることにしました。
『ねえコウジ。みんなが手伝いたいってさ』
『助けられてばっかりじゃなくて、私たちもコウジを助けたいわ！』
『うん、なにか私にもできること、ないかなぁ？』
　と、みんながにゃんにゃんにゃおんと言うもので、
「そうだなあ。うーん」
　しばし腕組み、考え込んだ後に。
「……そうだ！」
　ぱちりと指を鳴らし、コウジは自身の＜かたがき＞をあらたに増やすことも思いつきました。



「はーい、白虎ちゃんご指名でーす！」
『よくきたわね！　たのしんでいってね！』
　にゃがおうー！
　白塗りで明るい石造りの建物に、さんさんと陽光差し込むガラス窓。中には人がたくさんで、いずれもにこにこにまにま、ゆるゆるの笑顔を浮かべております。
　人びとのもとには、ひとりに一匹、猫がお相手。ふにゃん、ふにゃんとたわむれています。
　猫カフェ『COZY CAT'S』。彼は『とうぞく』にして、『猫カフェオーナー』となったのでした。
「昼は猫カフェ運営、夜は貴族のお宝をいただくとうぞく。こんな二重生活も、悪くはないね」
　ちなみに、気が付けばお店でキャストを務める猫たちはなぜだか、みんなメスだったりしました。あの翼猫テオでさえ、女の子です。
『前世はボクも男だったんだけどね、今は女の子だよ。あはは、ハーレムだねコウジ♪』
　猫ハーレムでにゃんにゃんもふもふしながら営む、のんびりまったり猫カフェライフ。
　それでいてスリルが恋しくなれば、いつものとうぞく装備に身を包み、街へでかければいいのです。このご時世、財宝を溜めに溜め込んだ悪徳貴族はわんさとおりましたから。
「ああ。幸せだなぁ」
　猫カフェの建つ森の大樹に結ばれたハンモックはコウジを乗せ、ゆらりゆらゆら。お腹の上には翼猫がすやすや、夢心地。
　見上げればどこまでも広がる、夕暮れが彩る黄金色の空へ、客たちの猫とたわむれる愉快な笑い声が響いておりました。