武器を手にした、あなたは｜リアクション

武器を手にした、あなたは

　猫鳴館の薄暗い部屋で月原想花は夏用の制服に着替える。出かける間際、少し乱れたショートボブに手櫛を入れた。
「……学校だよ」
　憂鬱そうな声で部屋を後にした。ギシギシと軋む廊下を歩き、溜息一つで外に出た。
　容赦ない朝陽が全身に降り注ぐ。やや背中が丸くなる。沈みがちな視線で坂道を下っていった。
　寝子島高校に繋がる道に合流した。歩道には疎らに人がいた。制服姿は見られず、想花は自嘲めいた笑みを浮かべる。
　――ぼくだってこんな日に学校に行きたくないんだよ。でも、仕方がないかな。
　期末テストの社会科が二十五点なんだから。補習は受けないとダメだよね。
　胸中で自身に言い聞かせる。その目には覇気がなく、歩きながら何度となく溜息を吐いた。
　蝉の声が重なって聞こえる。金網越しに見える第一グラウンドでは早々と運動部による走り込みが行われていた。
「こんな暑さなのに」
　うんざりした顔で西門を抜けた。とぼとぼと歩いて南校舎に入る。
「……涼しいかも」
　少し緩んだ顔で自身の下駄箱の前に立った。開けると見慣れない物が目に留まる。白い木の棒のような物体をじっと見る。
　――ただの木の棒ではなくて、鞘に入った短刀かな？　どうしてこんな物がぼくの下駄箱に入っているの？
　目は左右を窺う。他の生徒はいなかった。
「邪魔だし」
　恐々と手を伸ばす。上履きに被せるように置かれた短刀を、そっと握った。
　全身が震えた。驚いたように目が丸くなる。短刀に纏わる情報が頭の中に流れ込み、全てを理解した。
　震えが酷くなる。短刀を握った手を振り上げて、力一杯、振り下ろす。
「どうして！？」
　投げ捨てたつもりがしっかりと短刀を握っていた。
　――え、ウソだよね。ぼくが、この『自死の短刀』で命を落とすことになるの？　なんで、そうなるのかな。おかしいよね。突然すぎるよね。なにも悪いこと、してないのに。
　理不尽な運命に胸中で不満が膨れ上がる。精一杯の抵抗を無視するように手は短刀を鞘から抜いた。
　冷たい銀色の刀身を目にした。恐怖が全身を駆け巡る。走り出そうとしたが足は震えるばかりでまともに動かせない。その場で懸命に仰け反った。手は主を裏切り、その刃を首筋に近づける。
　――じょ、冗談じゃない！　ぼくはまだ生きていたいんだよ！
　心の叫びは声にならなかった。誰かに助けを求めることもできない。
　首筋に刃が触れた。
　――つ、冷たい。それ以上は、ダメだよ。押し付けないで。
　力が加わり、瞬時に手をだらりと下ろす。
　――首のところが熱い。あれ、なんだろう？　頭が涼しくなってきた。
　両膝が一斉に揺れ始める。下駄箱を背にした状態で腰が落ちた。両足をだらしなく投げ出し、頭部が不自然に傾く。
　――寒くて、眠い。ぼくは、もう、ダメなのかな。
　瞼が下がり、完全に閉じられた。

　突然、意識が戻った。想花は下駄箱を背もたれにして座っていた。急いで首に手を当てる。
　――この濡れた感じは。
　泣きそうな顔で掌を見ると汗だった。自死の跡はどこにも残されていなかった。
　想花は急いで立ち上がる。スカートの埃を手で払って上履きに履き替えた。
　――あの短刀は、どこにもない。なんだったのかな。
　改めて補習が行われる教室に向かう。その最中、ビクッとして足を止めた。窓の外を恐々と眺める。
　放置された塵取りが朝陽を浴びて銀色に輝いていた。
「そうだよね」
　ほっとした表情で歩き出す。無意識なのか。手は首の辺りを撫でていた。

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