武器を手にした、あなたは｜リアクション

武器を手にした、あなたは

　夜の気配を僅かに残した早朝。軽快な足音が街中に響く。
　落合まゆらはランニングウェアに身を包み、単身でジョギングに精を出す。ツインテールと連動して小ぶりのリュックが背中で上下に弾む。左手に望める海を見るとはなしに見て、やや速度を上げた。
　小刻みに息を吐く。腕の振りは一定で乱れることがない。日頃の成果の賜物である。
　寝子ヶ浜海岸が見えてきた。急に方向を変えて斜面を駆け下りる。砂地にポツポツと足跡を残して波打ち際で足を止めた。
　凪の状態の穏やかな海と向き合う。早速、クールダウンを兼ねたストレッチを始める。両手を合わせて手首を回し、アキレス腱を交互に伸ばした。過度な負担は与えず、満遍なく行う。
　最後の仕上げに深呼吸をした。満足そうに笑うと今度は背筋を伸ばす。自身の腹部に軽く掌を当てた。鼻から息を吸い込み、口から吐き出す。腹式呼吸を入念に行い、唇を震わせるように意識して声を出した。
「調子はいいわね」
　まゆらはにっこりと笑う。瞬間、真逆の怒りを露にする。三度の変化で眉尻を下げて悲壮感を漂わせた。目まぐるしく表情を変えることで表情筋を鍛えた。
　滑舌のチェックを経て早口言葉に移る。独自に考えた言い回しも試した。
　自身に課したトレーニングが終わった。
「喉がカラカラ」
　リュックの側面のネットに収めたペットボトルを引っ張り出す。手早くキャップを外し、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。半分ほど中身が減ったところで大きく息を吐いた。
　心に余裕が生まれた。興味は周囲へと広がる。
「あれは……」
　砂浜から何かが突き出ていた。交差した二本の棒のように見える。
　まゆらはペットボトルをリュックに戻して早歩きとなった。
「これってトンファー？」
　二本の棒を引き抜いた。瞬間、全身に電流が流されたように硬直した。
「本当に？」
　情報が瞬く間に頭の中に流れ込み、名と用途を理解した。
「招きのトンファーねぇ」
　胡散臭そうに眺める。真横から突き出した部分を握り締め、適当にくるりと回す。音は鳴らず、本来の効果を発揮しなかった。もっと力を込めて振る必要があった。
　まゆらは怪訝な表情を浮かべた。それとは裏腹に小鼻は興奮で少し膨らむ。
　茶色い目で周囲を窺う。砂浜には誰もいない。バイクの排気音は聞こえるが目にすることは出来なかった。
「これなら」
　まゆらは右手のトンファーを喉の辺りに上げて水平に構えた。左手は腰の横で固定する。素早く片足立ちとなり、何もない空間を睨み付けた。
「魔法少女ミスティックアリアを解放しなさい！」
　声優志望らしく、声には場面に相応しい気迫が籠っていた。凛々しい表情を作り、左手のトンファーをクルクルと回す。
「この招きのトンファーが奏でる音は悪を許さない！」
　右手のトンファーを横薙ぎの状態で振った。
　甲高い音が重なって聞こえた。予兆無しの突風が吹き荒れ、穏やかな海が急激に盛り上がる。
　目にしたまゆらは、えええっ！？　と仰天の声を上げた。大波に背を向けると全力で逃げ出す。
　砂に足を取られそうになりながらも耐えた。斜面を一気に駆け上がって防風林に挟まれたところで後ろを振り返る。砂浜は波に覆われ、斜面で砕けた。飛沫が朝陽に照らされて眩い宝石のように輝く。
　その一瞬の美しさにまゆらは見惚れた。ゆっくりと視線を下げて両手を見やる。一対のトンファーはいつの間にか無くなっていた。
　まゆらは再び海と向き合う。すっと片足立ちとなった。意識して目に力を込める。
「この世に悪が蔓延る限り、私達の戦いは終わらない！」
　声優志望らしい決め台詞を高らかに口にするのだった。

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