武器を手にした、あなたは｜リアクション

武器を手にした、あなたは

　星ヶ丘の閑静な住宅街。姫神絵梨菜はツインテールを弾ませて先を急ぐ。眩しい陽光に負けないくらいに表情は明るい。今日は中国拳法の道場に通う日であった。
　――今日は何を教えて貰えるのかな。形意拳なら嬉しいな。ゆっくりした動作から急に放つ一撃が最高なんだよね。
　逸る気持ちが足を速める。
「あ、やっちゃったっ」
　横手の公園にある時計を見て気が付いた。
　――まだ道場は開いてないよね。どうしよう。公園に寄って行こうかな。
　キュッと靴底を鳴らして公園へと入っていった。
　――誰もいないね。もう少ししたら賑やかになるのかも。
　子供の姿はなく、ブランコや滑り台が寂しげに見える。隅に置かれたベンチにも人の姿はなかった。
　絵梨菜は後ろ手に組んで方々を見ながら歩き回る。クローバーが生えている個所に目がいった。杖にしては短い。一対で木製のようだった。
　――あれってトンファーだよね？　誰かの落とし物なら交番に届けなきゃ。その前にちょっとくらい使ってもいいよね？　まだ時間はたっぷりある訳だし。
　公園に人がいないこともあって絵梨菜はトンファーを気軽に拾う。
「招きのトンファー？」
　手にした瞬間、名称や用途を理解した。改めてトンファーに目を落とす。
　――よく見たら小さな穴がたくさんあるね。道場にあった物とは違う。振ると何かがくるってことだけど。
　水平の把手の部分を握って両腕を前に突き出す。手首を使って両方を回転させた。更に加速させて得意の蹴りを放つ。
「必殺、トンファーキーック！」
　不慣れなトンファーもあってふくよかな胸を直撃。先端が柔らかく包まれ、弾力で押し返した。
「うう、胸を打ったよぉ」
　涙目で当たった個所を摩る。そこに白猫が現れた。慰めるように脹脛を中心に頬ずりを始める。
「可愛い白猫ちゃんね」
　一匹ではなかった。黒猫が寄ってきた。三毛猫が続く。子猫の茶虎が、にゃー、と鳴きながら駆け寄った。
　その数はあっという間に増えて絵梨菜は猫に囲まれた。
「やーん、猫ちゃんで一杯だよ」
　数は増え続ける。絵梨菜は手招きしてしゃがみ込む。じゃれてくる猫達を撫でて、笑顔で抱き締めた。
「あのトンファーは猫を招く、ニャンファーなんだねっ。さすが猫の島、寝子島っ」
　構って貰いたい猫は後を絶たない。纏めて抱き上げて個々の頭に頬を寄せた。
　至福の時間を過ごし、満足そうな顔で絵梨菜は立ち上がる。名残惜しそうに鳴く猫達に、またくるよ、と言い残して歩き出す。
「あれ？　あのニャンファーは……」
　振り返ってみてもどこにもトンファーは落ちていなかった。
　――役目を終えたから消えちゃったんだね。
　絵梨菜は公園の時計に目をやる。
　――ちょうどいい時間になったね。
　小走りとなって公園を出ていった。

　開始時間には間に合った。絵梨菜はワンピースから道着に着替え、整列した弟子の中に混ざる。
　程なくして威厳を漂わせた師匠が姿を現す。絵梨菜は笑顔で駆け寄った。
「師匠、聞いてください。今日、不思議なトンファーを見つけましたっ」
「どのような物だ？」
「振ると音が鳴って猫を呼び寄せるニャンファーなんですっ」
「摩訶不思議なものだな」
「そこで私にトンファーを教えて欲しいんですっ」
　熱意を前面に出した。師匠は考える間もなく、穏やかな口調で言った。
「お主の場合、その脚癖の悪さを直すことが先決だ。今の未熟なお主に武器なんぞ、危なっかしくて教えられん」
　弟子達の控え目な笑い声が漏れ聞こえる。
「そんなこと、ないですよっ」
「トンファーキック等と勝手に命名して怪我をされても困るのでな」
「そ、それは」
　公園での場面が頭に過ったのか。絵梨菜はすごすごと引っ込んだ。
　――失礼しちゃうよねっ！
　心の中で愛らしく毒づいた。

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