レディ・ロゼッタの運命考察｜リアクション

レディ・ロゼッタの運命考察

　常闇月と日暮ねむるの後には、三人の男が追って来ていた。白い髪で隠された顔の向こうからは、「もれいびは消す」というつぶやきだけが聞こえてくる。
「あなた方はセブンの手の者ですね。目的は何ですか」
　男は問いかけに答えない。興奮した獣のような目を向け、刃渡りの長いナイフを抜き放った。他の二人は棍棒のような長い得物だ。
「月さん、こいつら」
ねむるが示唆するのは洗脳の可能性だ。正気のようにはとても見えない。だがそれは今の月にとっては些事だった。相手が敵か、そうでないかが第一の判断基準となる。相手の明確な殺意の証を目にすると、月はつぶやくように言葉を発した。
「Es homone?」（汝、人なりや？）
問いかけるのは向かい合う敵ではなく、自分自身。
「Non es. Aconitum sum sive pupa corpore cavo et vitreis ocellis.」（我人にあらず。我は人形ー空ろなる躯と硝子の目を持つ猛毒なり）
耳慣れぬ言葉で紡ぐは、自らを戦う装置に変えるための暗示。闘志すら、殺意すら必要ない。彼女が求めるものは敵を倒すという結果のみ。
「殺意を向ける相手は私ですか。他の方でなくて幸いです」
刃がひらめき、男が跳ぶ。同時に月も動いていた。
「ねむるさん」
「こっちは任せておいて。一対一で負ける気はしませんねえ」
男たちの動きは、戦闘経験を積んだねむると月にとってはまったく歯ごたえのないものであった。大振りな武器の攻撃は受け流すまでもなく、身を斜に構えればそれていく。下半身はがら空きで、ローキックを当てれば勝手に転ぶようなありさまだった。
「なんだか店に来たときより、勢いがないですね。弱くなっているのかな？」
ねむるは昏倒した男の顔を改めようとする。と、ずるりと髪の毛が丸ごと取れた。
「……白髪のかつら？」
「セブンに似せて、攪乱を狙ったのでしょうか」
「おう、加勢に来てやったぜ！　こいつら、武器をむしりとればてんで弱いぞ！」
むしりとった白いウィッグを振り回しながら、犬神花梨がやってくる。
「今、終わったところです」
月の声に、花梨は「ちぇっ」とつまらなそうに言うと、持っていたウィッグを放り投げた。
「ねむる。店のほうは？」
「……出ません。まさか……」

　ロゼッタを抱えて逃げたシグレ・ナイトウォーカーは、完全に追っ手を撒くことに成功していた。
「怪しい男たちは、他の護衛班が何とかしてくれるでしょう」
「お店が心配ね。それに残されてきた女の子たちが……」
「しかしレディ。せっかく安全を確保したあなたが戻ってしまっては却って危険になる」
むう、と年甲斐もなく頬を膨らませるロゼッタに、シグレはやれやれと困り顔で微笑んだ。
「でも、菜々緒ちゃんは……」

「やっと見つけたよ。ロゼッタ、君にはゆっくり聞きたいことがあるんだ」
振り向けば白い殺意が迫っている。それが、シグレとロゼッタのその日聞く、最後の他人の声となる。

八十八旗信彦がその場に到着したときには遅かった。記憶を奪われたシグレが倒れ、黒いヴェールが落ちていた。
「ロゼッタちゃん！」
――そしてその日、寝子島から白い少女と黒衣の女占い師とが、消えた。

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