手負いの獣｜リアクション

手負いの獣

　日が暮れた。落神神社はひっそりとした夜に包まれた。
　そこに足音を忍ばせて豹が現れる。周囲を見回すようにして境内を進んでいく。
「情報を見たようだね」
　腕を組んでいたサキリ・デイジーカッターが言った。
「お前が流した偽の情報か」
「その通りだ」
「その銀色の髪、赤い目、覚えているぞ。当事者だな」
「そうだよ。で、どうする？」
「計画が失敗して組織に追われる身となった。それはいい。今は武人としてお前と本気で戦いたい」
　相手は二本の鋭い牙を見せた。サキリから目を離さず、左右に動きながら徐々に距離を縮めていく。
「そちらが二本の牙なら僕は自分の牙、ナイフの二刀流で迎え撃つよ」
　カーゴパンツの左右のポケットから二本のナイフを取り出した。
　右手に波紋が美しいダマスカスブレードを握り、左手に闇を凝縮したようなイツトリを構えて攻撃に備える。
　揺れるようにして相手は近づく。遠い間合いで無造作に右前脚を振った。暗がりの中、飛来する小石をサキリは刃で切り落とした。
　相手は一気に間合いを詰めた。左前脚を上げて頭部を切り裂こうと振り下ろす。が、姿は一瞬で消えた。
「なんだと！？」
　刃物を持ったサキリが空間を切り裂くイメージで発動する、ろっこん『斬空赤刃』による瞬間移動だった。
　相手の左横に現れたサキリは左手のイツトリの背で頭部を薙ぎにいった。野生の本能なのか。攻撃を目で捉えずに後ろに引いて躱し、噛み付き攻撃に転じた。
　サキリは消えた。直後に狭い空間で瞬間移動を繰り返し、悪夢に等しい人数を見せ付けた。
　相手は呆然と見つめた。戦意は急速に失われ、肩を落とした小柄な女性の姿に戻った。
「勝機など、私にはなかったのか」
「最初から殺気がなかったからね。どうしてなのかな」
　サキリは二本のナイフを収めて相手を見下ろす。
「ここに来る前に熱い青年に戦いをやめるように言われて……」
「太腿を怪我しているみたいだけど」
「傷は浅いからね。もう血も止まったようだし」
　相手は顔を上げた。乱れた前髪を掻き上げて落ち着いた表情を見せた。
「腹は減っていないか？　実はサンドイッチを作ってきたんだけど」
「思い出した。今日は何も食べていなかった」
「サンドイッチが無駄にならないで済みそうだ」
　サキリは明るい顔で言った。

　本殿の階段に二人は並んで座るとサンドイッチを頬張った。
　一息ついたところでサキリが独り言のように口を開いた。
「僕もそう遠くない昔に裏社会にいた身だ。今は寝子島で普通とは言えないかもしれないけど、学生として日々を満喫している」
「そうだったのか。私にも、できるだろうか」
「生き残れたのだから光はあるよ」
　相手は立ち上がった。何の言葉もなく、歩き出す。
「光のある方向を全力で目指したらいいよ」
「……ありがとう」
　闇に溶け込む寸前で涙ぐんだような声が返ってきた。

　誰もいない境内でサキリは闇と向き合う。
「光か」
　呟いてサキリもまた、闇に溶け込んでいった。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
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　島民に被害が出る前に手負いの獣はひっそりと去っていきました。
　その結末に至った行動は一つではありません。
　連携による攻撃や熱い説得。同じ裏社会にいた人物との出会いなど、
　複数の要因が重なって得られました。

　闇の組織自体が壊滅したわけではないので、また何かあるかもしれません。
　そのような危機が寝子島に降り掛かる未来は未だ揺蕩っています。
　ひとまずはフツウを守れたことを喜び、来る時に備えましょう。
　最後にご参加、ありがとうございました。

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