手負いの獣｜リアクション

手負いの獣

　上々の天気に誘われて白真白は外へと出かけた。白いノースリーブワンピース姿でシーサイドタウンの大通りを気ままに歩く。各店舗の宣伝文句に惹かれ、頻繁に覗き込むような格好となった。
　真白の無邪気な様子に人々の目は一様に優しくなる。本人は無意識で受け入れて瞳を輝かせた。
　散歩を始めてから三十分が経過した。真白の立ち止まる回数が増えてきた。その都度、それとなく周囲を見回した。混ざり気のない笑顔が少し曇り始める。
　――視線はいつものことだけど、何かが違うような……。
　真白は通りに面したアンティークショップに身を寄せる。窓に映ったツインテールの長さに注目した。特に問題はなかった。両手で後頭部を念入りに撫でた。
　――寝癖はついてないし、服が汚れているわけでもないのに……。
　ヘンな視線を感じたように思ったんだけど、気のせいなのかな？
　元の笑顔を取り戻して元気に歩き出す。その状態は長く続かず、次第に不機嫌な顔になってゆく。
　――気のせいじゃないかも。ちょっと確かめてみようかな。
　真白は道の端に寄った。店舗の壁に背を向けた状態で靴紐を結び直した。立ち上がると一方に決めて歩き出す。
　――やっぱり。私が立ち止まったら同じように相手も止まった。フードのせいで顔がわからないけど、知り合いではないよね。それなら、どうしてついてくるんだろう？
　腕の振りが小さくなる。伏し目となって考えを巡らす。
　その時、脇道を目にした。身体が反応して右手に曲がる。道幅は狭く、歩いている人は疎らであった。
　――そうだよ。もっと人がいなくなれば、相手から何か仕掛けてくるかも。
　真白は寂しい道を選んで歩き、ついに希望の場所を見つけた。
　――誰もいないここなら。
　閑散とした路地裏の奥まったところで足を踏み鳴らすようにして立ち止まる。
「隠れても無駄なんだからね！」
　一喝した真白は瞬時に振り返った。勝ち気な顔が驚きの表情に変わる。
　黒いパーカーの人物は堂々とした態度で立っていた。被っていたフードを手で後方に押しやり、透かさず前髪を掻き上げた。怒りの双眸で、久しぶりだな、と低い声で言った。
　予想していない台詞なのか。真白は困ったような笑みを浮かべた。
「あなたは……えっと、どちら様ですか？」
「覚えていないだと」
「あ、全然とかじゃなくて。どこかで見たことがあるような気はするんだけど」
「本当にふざけた連中だ」
　相手は真白を両手で指差した。強調するように親指を立てる。
「あなた、もしかして二丁拳銃の……」
「思い出したようね。地下駐車場の戦いを」
　相手は一歩、距離を詰めた。真白は逆に一歩、下がる。
「目的は報復とか？」
「それ以外にないだろう。今の私は組織から追われる身だ。どうしたって道連れが欲しくなる」
「一人の方が気楽でいいよ」
　真白は更に後ろへ下がる。
　――今日の私はノースリーブでスカートが短い。ろっこんで硬化させる部分が少ないから相手の攻撃を完全には防ぎ切れない。だったら、やれる手は一つだよね。
　にこやかな顔とは裏腹に脱兎の如く逃げ出した。
「させるか！」
　相手は後方宙返りで豹に変身。逃げる真白に一気に詰め寄り、背後から押し倒した。
「ま、待って。話せばわかるって」
「話し合いの段階ではない。噛み殺してやるよ」
　俯せの真白を上から押え付けた。鋭い二本の牙が首筋に狙いを定める。
「警察がきた！　拳銃で豹を撃つところが見られるぞ！」
　突然、飛び込んできた声に相手の優位は吹き飛んだ。声とは別の方向へ瞬間的に走り出す。
「もしかして助かった？」
　真白は上体を起こした。すでに豹の姿はなく、道には血のような跡が点々と残されていた。
「……効いたようだ」
　自動販売機に身を潜めたサキリ・デイジーカッターは速やかに移動を開始した。

このページにイラストを設定する