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ウル寅な年明け！ 新春☆初夢フェア２０２２！ ～鷹編～
【ひめごと】
夢の中、椎井 莉鳥はこれが夢であろうと覚っている。明晰夢というやつだろう。明晰夢ではしばしば、夢の内容を自身でコントロールできると語る者もいる。そんな話をどこかで読んだ気がする。であればこの夢も、莉鳥の自由に編集することができるのだろうか？ 好きなシーンを、好きなように体験することができるだろうか？
夢と分かりながら、そんなふうにしょうのないことを考える。夢を自由にできたとして、そこに何の価値があろう。莉鳥はリアリストなのだった。思うさま駆けることが好きで、絵を描くことは好まない。
（…………？）
奇妙な夢だった。
あたりの風景自体には大いに見覚えがあり、新鮮味はない。何度も足を運んだ、本土の競技場。主に陸上競技大会が行われ、時にサッカーにも利用される、多目的運動競技場だ。
莉鳥はトラックのスタート位置に立っている。足先で踏みしめたタータンの感触も馴染んだものだし、莉鳥はユニフォームを着ていた。ゼッケンこそ着けてはいないが、自分がこれから競技に臨むのだろうと分かる。
不可思議なのはトラックにも、観客席にも、人影がただの一つも見当たらないことだ。音も声もなく、頭上にはただ青空に白い雲だけが流れてゆく。まったくの無人だ。レーンにはスターティングブロックも配されていないし、スターターピストルを鳴らす者もない。選手はおろかスタッフの姿さえないのだ。
「ヘンなの」
夢の中の不条理と分かりながら、莉鳥はいぶかしげに眉をひそめる。しかし少し考えて、それも当たり前のことと思い至った。
これは、莉鳥の夢なのだ。莉鳥のための夢で、莉鳥のための競技会なのだ。見れば電光掲示板には莉鳥の名前が表示されている。というより莉鳥の名前しかない。
女子走高跳。決勝。椎井莉鳥。寝子島高。神奈川。記録はまだ空欄。４００メートルトラックの中央にはマットとバーが既に準備されており、選手を待っている。高さは１ｍ７０。
莉鳥の名ばかりが並ぶ掲示板を見上げて、ふんと鼻を鳴らす。
（私だけの大会か。何度でも跳んでいいのね。悪くないじゃない）
見る者もいないが、張り合いがないとは思わない。陸上競技は突き詰めれば己との競争、己との戦いなのだし、必ずしもギャラリーは必要ない。莉鳥ただ一人だけのための決勝戦だ。
ふう、と深呼吸。爪先を何度か蹴って具合を確かめる。もう一度大きく息を吐き、前方を見据え、駆け出す。助走の歩数は常に一定、少なくても多くても跳べはしない。一本目は歩数が足りなかった。気持ちを切り替え二本目、先ほどと同じく儀式めいて深呼吸を繰り返し、二本目。
莉鳥は大空を泳いだ。
汗だくなのは満足する一本を跳んだ後だからと思ったが、どうやらそうではないらしい。ぬめるような肌の感触があった。下腹部に熱い鈍痛も。
記憶の反芻は、莉鳥が意識下にどう決めつけようと忘れがたい瞬間を、蠕動めいて吐き出した。
莉鳥はこれを夢だと覚っている。覚っていながら、抗うことはしなかった。
彼はあの時よりも少しばかり、幼く見える。思春期の男子の成長も著しかろうが、むしろこれは自身の記憶の変遷や精神的成長のためだろう。現実の彼はもう少し、こう……。
（何を。私）
首を振る。その仕草を彼はどのように受け止めたか、動きはいっそう激しくなった。莉鳥はその時ようやくにして、夢のシーンの移り変わりに気がついた。
拙いやりとりはやりとりとも呼べない程度には互いに一方的だったが、少なくとも夢の中において、莉鳥に充足をもたらした。彼もきっとそうだったろう。
ぴたりと身を張り付けたまま荒く息をつき、曖昧に笑う彼を覚えている。いや彼は笑っていただろうか、何か苦悶めいた顔をしていたかもしれない。そもそも顔をそむけていたかもしれない。はっきりと思いだせないが、夢の彼は笑んでいる。
莉鳥がそう望んだからだろうか。
（……何を？ 私が？ まさか）
明晰夢を自在にコントロールできると称する者もいる。論理的考察や科学的裏付けも伴わないスピリチュアルな体験談であれば気にするまでもないが、中にはこれを心理療法の一環として大真面目に研究する者もいるという。であればこれは、この夢は、
（違うわ。違う）
人は夢という現象を明確に解明できてはいない。ゆえに夢の解釈は個に委ねられ、信仰者はそこに予言や予兆を見い出し、為政者は政の動機や方便としてきた。莉鳥だって夢に惑うし、夢に従うこともあるだろう。
望んだ想いばかりが夢となるわけではない。
けれど、決して……これは、悪夢ではなかった。無人の競技場で無限の記録へ挑む歓びと同列の、莉鳥にとって忌避すべきではない、あたたかく浸ることのできる。
そんな夢を、莉鳥は見た。
夢の中、椎井 莉鳥はこれが夢であろうと覚っている。明晰夢というやつだろう。明晰夢ではしばしば、夢の内容を自身でコントロールできると語る者もいる。そんな話をどこかで読んだ気がする。であればこの夢も、莉鳥の自由に編集することができるのだろうか？ 好きなシーンを、好きなように体験することができるだろうか？
夢と分かりながら、そんなふうにしょうのないことを考える。夢を自由にできたとして、そこに何の価値があろう。莉鳥はリアリストなのだった。思うさま駆けることが好きで、絵を描くことは好まない。
（…………？）
奇妙な夢だった。
あたりの風景自体には大いに見覚えがあり、新鮮味はない。何度も足を運んだ、本土の競技場。主に陸上競技大会が行われ、時にサッカーにも利用される、多目的運動競技場だ。
莉鳥はトラックのスタート位置に立っている。足先で踏みしめたタータンの感触も馴染んだものだし、莉鳥はユニフォームを着ていた。ゼッケンこそ着けてはいないが、自分がこれから競技に臨むのだろうと分かる。
不可思議なのはトラックにも、観客席にも、人影がただの一つも見当たらないことだ。音も声もなく、頭上にはただ青空に白い雲だけが流れてゆく。まったくの無人だ。レーンにはスターティングブロックも配されていないし、スターターピストルを鳴らす者もない。選手はおろかスタッフの姿さえないのだ。
「ヘンなの」
夢の中の不条理と分かりながら、莉鳥はいぶかしげに眉をひそめる。しかし少し考えて、それも当たり前のことと思い至った。
これは、莉鳥の夢なのだ。莉鳥のための夢で、莉鳥のための競技会なのだ。見れば電光掲示板には莉鳥の名前が表示されている。というより莉鳥の名前しかない。
女子走高跳。決勝。椎井莉鳥。寝子島高。神奈川。記録はまだ空欄。４００メートルトラックの中央にはマットとバーが既に準備されており、選手を待っている。高さは１ｍ７０。
莉鳥の名ばかりが並ぶ掲示板を見上げて、ふんと鼻を鳴らす。
（私だけの大会か。何度でも跳んでいいのね。悪くないじゃない）
見る者もいないが、張り合いがないとは思わない。陸上競技は突き詰めれば己との競争、己との戦いなのだし、必ずしもギャラリーは必要ない。莉鳥ただ一人だけのための決勝戦だ。
ふう、と深呼吸。爪先を何度か蹴って具合を確かめる。もう一度大きく息を吐き、前方を見据え、駆け出す。助走の歩数は常に一定、少なくても多くても跳べはしない。一本目は歩数が足りなかった。気持ちを切り替え二本目、先ほどと同じく儀式めいて深呼吸を繰り返し、二本目。
莉鳥は大空を泳いだ。
汗だくなのは満足する一本を跳んだ後だからと思ったが、どうやらそうではないらしい。ぬめるような肌の感触があった。下腹部に熱い鈍痛も。
記憶の反芻は、莉鳥が意識下にどう決めつけようと忘れがたい瞬間を、蠕動めいて吐き出した。
莉鳥はこれを夢だと覚っている。覚っていながら、抗うことはしなかった。
彼はあの時よりも少しばかり、幼く見える。思春期の男子の成長も著しかろうが、むしろこれは自身の記憶の変遷や精神的成長のためだろう。現実の彼はもう少し、こう……。
（何を。私）
首を振る。その仕草を彼はどのように受け止めたか、動きはいっそう激しくなった。莉鳥はその時ようやくにして、夢のシーンの移り変わりに気がついた。
拙いやりとりはやりとりとも呼べない程度には互いに一方的だったが、少なくとも夢の中において、莉鳥に充足をもたらした。彼もきっとそうだったろう。
ぴたりと身を張り付けたまま荒く息をつき、曖昧に笑う彼を覚えている。いや彼は笑っていただろうか、何か苦悶めいた顔をしていたかもしれない。そもそも顔をそむけていたかもしれない。はっきりと思いだせないが、夢の彼は笑んでいる。
莉鳥がそう望んだからだろうか。
（……何を？ 私が？ まさか）
明晰夢を自在にコントロールできると称する者もいる。論理的考察や科学的裏付けも伴わないスピリチュアルな体験談であれば気にするまでもないが、中にはこれを心理療法の一環として大真面目に研究する者もいるという。であればこれは、この夢は、
（違うわ。違う）
人は夢という現象を明確に解明できてはいない。ゆえに夢の解釈は個に委ねられ、信仰者はそこに予言や予兆を見い出し、為政者は政の動機や方便としてきた。莉鳥だって夢に惑うし、夢に従うこともあるだろう。
望んだ想いばかりが夢となるわけではない。
けれど、決して……これは、悪夢ではなかった。無人の競技場で無限の記録へ挑む歓びと同列の、莉鳥にとって忌避すべきではない、あたたかく浸ることのできる。
そんな夢を、莉鳥は見た。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2022年01月02日
- 参加申し込みの期限
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- 2022年01月09日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2022年01月09日 11時00分
