【一世一代、大化け合戦の巻】

　二匹の狸がおったとさ。
　一匹はほれ、ご存じ団七親分だ。はかなき渡世に力弱いあやかしを守る霊界任侠、東の狸ヶ原一家の大親分、でっぷり構えた狸ヶ原 団七（まみがはら だんしち）だ。見たとこアンタも、親分やあすこの若い衆にゃ世話になったクチだろう。弱っちそうだもんな、いやはは失敬。
　あたしが語るのぁ義理と人情、闘争にまみれた任侠大活劇かと思いきや、あんた、これがそうじゃあねえんだな。もう一匹はちっぽけな化けダヌキのガキんこだ。名前は砧 ポン吉といったよ。
　お前さん、気になるかい？　そうだろうさ、あの団七親分とポン吉小僧がどう関わるやら、気になるだろう？
　これがどうにも珍妙な話でね。あたしも語りがいがあるってもんだ、ちょいと耳傾けてっておくんなせい。面白かったらほれ、この帽子にお心ばかりをちょいとね、いただけりゃあ幸いでございやす。



　その頃、団七親分の目下の悩みといやあ若い衆の博奕狂いでもなく、奥方の浪費癖でもなくて、霊界の反対っかわで幅を利かせる狐らだった。つまるところ、かの西に名高き狐伊万里一家だ。
　先代の狐伊万里 レン蔵（こいまり れんぞう）親分は団七親分とも浅からぬ縁があったし、たがいに譲り合って成り立ってたのはご存知のとおりだが、当代の狐伊万里 半蔵ときたら、父親が病に倒れたとたんに親分を気取り好き放題のやり放題。きれいどころの女狐はべらせ遊びまわるだけなら良かったものを、狸ヶ原のナワバリまでも荒らし始めたわけだ。こいつぁ面倒なことになったと、団七親分もため息ついたとさ。
　いっぽう、化けダヌキのポン吉だ。齢は五つ、狸としちゃあまあまあ中年だが、あやかしとしちゃあ子ダヌキもいいとこ、やんちゃざかりのイタズラざかりだ。
　このポン吉、子ダヌキらの中じゃあいっとう勇気があり、そんでもって変化のワザも図抜けて上手かった。
「ポン吉はやっぱすンげえなあ！　なんしてそんなにうまぁく化けられるんだな？」
「へへん。オイラ、狐にだけは負けたくないからねー」
　どこぞに子ギツネのケンカ友だちでもいるのか、いきさつは定かじゃあないが、ポン吉は狐との化け合い勝負には負けられんと一心に励んでいたらしい。落ち葉を頭に乗せたらひらりと宙返り。どんなモンにも化けてみせたよ、そりゃあもう、大人の化けダヌキたちも舌を巻くほどだった。
　そんなふうに巧みなワザが、ひょんなことから団七親分とポン吉を結び付けることになったのよ。
「よう、そこの坊主。ちょいとワシの頼みを聞いちゃあくれめえか」
「オイラかい？　おっちゃん、どこの狸だい？」



　こっからが面白いところなのさ。
　狸ヶ原一家と狐伊万里一家の小競り合いはいつしか抗争となり、火事場みたいに燃え広がっていった。あっちでコンコン、こっちでポンポコ。そこらじゅうで狐と狸の化かし合いだ。
　そんなこととなっちゃあ、放蕩者の狐伊万里 半蔵も女狐と遊びほうけてばかりじゃいられない。さんざ渋ったあとで、ついには団七親分と化かし合い勝負へ臨むことと相成ったよ。
「やい団七さんよ、アンタ、ずいぶんあちこち跳ね回っとるそうやないか」
「半蔵の、おめえはもうちと周りを見るんだな。それじゃあ子分衆がかわいそうだぜ」
「やかましいわい！　こうなりゃ、化かし合いや！」
「おお、望むところよ」
　二匹の化かし合い勝負は、それはそれはすさまじかったよ。半蔵が大蝦蟇に変化すりゃあ、団七は大蛇に変じてしゃあと威嚇する。飛び上がった半蔵が九尾の化け狐に変わると、今度は団七が麒麟となって駆けまわる。負けじと半蔵、翼を広げて飛び上がるのは不死鳥だ。しかし団七、長いからだをくねらせる龍と化しては雷鳴を轟かす。どちらも一歩も退かず、相手より強く、大きく、と変化合戦は一晩も続いたとさ。
　やがて見た目ばかりは大仰な変化を繰り返した半蔵がバテバテに疲れ果てたところで、見守っていた狐伊万里の若衆の一匹が言った。
「親分、ここは引きましょうや。なあに、こりゃあ親分の負けやない。互いの化けワザがすごすぎて、決着が着かんのや。キリええとこで引き上げましょ」
「あ、ああ……おう。そやな。団七さんよ、きょ、今日はコンくらいにしといたるわ！」
　なんとまあ、漫画みたいな台詞を吐き捨てて、狐伊万里一家は西へと帰っていったよ。しばらくは半蔵親分の女遊びもおとなしくなったとか、ならんかったとか……ともあれ、抗争はひとまずの終結を見たのだった。
　その直後のこと。団七親分のもとへ、一匹の狐が尋ねてきたそうな。ほれ、化かし合い勝負の終わりに半蔵親分をいさめた、あの若い狐だ。
　二匹は相対し、にらみ合う……かと思いきや、狐はにかっと笑い、ひらりと宙返り。ぼむ！　煙とともにあらわれたのは、誰あろう団七親分であった。
　なんとびっくり、団七親分が二匹！
　片方は無論、本物の親分ではないのだった。ひらり宙返り、ぽむ！

「ぷはー。うまくいったかなー？」
「おう、よくやってくれたぜ。ああも見事にワシを演じるたあ、さすが、ワシの見込んだ坊主だわい」
　そう、あの稀代の化かし合い勝負に挑んだのは、団七親分に化けた子ダヌキ、ポン吉であった。
　本物の親分、ちょいと申し訳なさそうに言ったよ。
「カタギのもんに力を借りるってな、褒められた手じゃあるめえがな……わかってくれい、坊主。半蔵の阿呆や狐伊万里を放っておきゃあ、ここらの力弱いあやかしが根こそぎ食い物にされちまう。かといってワシのところの若いモンにゃあ、おめえさんほどの化け上手もおらんでな……狸の渡世も世知辛えもんよ」
「いいよー、オイラだって、狐をやっつけたかったからさー」
　てけてけ、ポン吉はたいそうな役を演じたとは思えぬほどに軽い足取りで、前足をふりふり、去ってゆくよ。
「なんでえ坊主、もう行くのかい。礼もまだだってえのに」
「いいよいいよー。じゃ、またねー親分」
　もちろんポン吉は任侠ぶるつもりなどなかったし、なんたってまだまだ子ダヌキだ。なんならちょっと、変わった遊びに興じたとでも思ってたかもしれんがね。それでもポン吉が、たくさんのあやかしを助けてくれたのは確かだ。
「へっへっへー。面白かったねえ、親分！」
「おうよ……ありがとう、ありがとうよ、坊主！」
　親分が見送られて、気ままな風のように、ポン吉はてけてけててて、去っていったとさ。









　……なあんてことがあったとか、なかったとか。
　なに、信じられない？　ま、ちょいと突飛な話かもしれやせんな。
　けどねえアンタ、夢ってのはそういうもんさ。とびきりおかしくて、とびきり大きけりゃあいい。ほれ、見なさいよ。茄子は空飛び富士は歌い、鷹もタップを踊るってなもんだ。
　夢を見てるアンタは、人間かい？　それともあやかしですかい？　ま、どっちだっていいですがね。
　アンタの夢は、でっかい夢かい？　そりゃあけっこう。でっかくっておかしけりゃあ、なおいいや。

　いやあ初ッ端から、良い夢見させてもらいやしたよ。
　はてさて今年は、どんな夢が見られるかねえ……？