霊界紀行～迷いの森～｜リアクション

霊界紀行～迷いの森～

２．

　最初に声をかけたのはアシュリーだった。
「あんた、あずきあらいだな？　このあたりで小さな子供を見かけなかったか？」
　単刀直入に訊ねるのは、彼女がスピードを重視していたからだ。
　危険な森の中に迷い込む子供達を無事に救出するためには、何よりも速さが重要となる。
　しかし、そんなアシュリーの焦りとは裏腹に、あずきあらいの応答はのんびりとしている。
『子供？　うーん、あたしゃ、あずきにしか興味ないからねぇ……。あずきと違って、人間なんてどいつもこいつも同じに見える』
　のんびりとしたあずきあらいの口調は、人間に敵意はないが、同時に興味もないといった様子だ。
「一人は男の子だ。妖怪が好きらしい」
「もう一人は女の子です。怖がりらしいので、もしかしたら怖くて泣いていたかもしれません」
　サキリとマリエッタは、根気強くあずきあらいに両親から聞いた二人の特徴について説明をする。
　一方、真白と冬華、夢乃の三人は後ろをとられないように周囲の音や気配に気を配っていた。
「鈴の音には気をつけないといけませんね」
　冬華を始め、一行がもっとも警戒しているのは、妖怪研究家である子供達の父親から聞いた鈴の音を鳴らして近づいてくる殺戮人形だ。
　他の妖怪はともかく、殺戮人形に遭遇してしまえば、戦闘能力を持たない自分は手も足も出ないだろうと考えている。
「でも、殺戮人形以外なら、ばったりエンカウントしたときはやるっきゃないよね。あ、冬華ちゃん、ちょうどいい感じの枝があるよ♪　夢乃ちゃんの分も！」
　真白は灰色の瞳を輝かせると、草むらに落ちていた手頃な長さの木の枝を三本拾って、ろっこんで固くして冬華と夢乃と分け合った。
「ありがとうございます。花咲さんも無理はなさらないでくださいね」
「はい。ちょっと怖いですけど、みんなで一緒に戦えば大丈夫ですよね」
　不安を押し殺すように微笑んだとき、ふと夢乃の耳に不吉な鈴の音が聞こえた。
「あ……。今、かすかに鈴の音が……」
　呻くように夢乃が呟く。
　いや、それだけではない。より意識を研ぎ澄ませれば、鈴の音の隙間から女の子の泣いているような声も聞こえてくる。
「え……？　あ、ほ、本当だ。かなり遠くだけど……。それに女の子の声も……」
　真白が緊張に喉を鳴らす。
「……噂をすれば、ですね。幸い、鈴の音は女の子とは別の方角に向かっているようですが……」
　だが、危険な存在が音が聞こえる範囲にいることは間違いない。
　そして、さらに悪いことに、まさに漫画のようなタイミングで、あずきあらいの間延びした声が聞こえてきた。
『あー、あー、あー。うん、今、思い出した。確かに、そんな感じの子供が通っていった。そう。男の子があっちで、女の子がそっちの方だったねぇ』
　そう言って、あずきあらいが一瞬だけあずきを洗う手を止めてあっちとそっちと指さした方向は――。
　――それぞれ鈴の音が聞こえたのと女の子の泣き声が聞こえたのと同じ方角だった。
「……あ、やっぱり」
　なんとなく嫌な予感がしていた真白が呟く。
「やっぱり？」
　と、あずきあらいの元から戻ってきたサキリが赤い目を瞬かせた。
「今、かなり遠くでしたけど、鈴の音がそちらの方角に遠のいて行きました」
　と、答えたのは冬華だ。
「もう聞こえませんけど、私も聞こえたので間違いないと思います」
　夢乃が言葉を継いで頷くと、一行に冷たい緊張が走る。
「急ごう。ただし、できるだけ音を立てないように、な」
　誰よりもスピードを重視していたアシュリーの言葉に、五人は一も二もなく頷いた。

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