霊界の空を幽霊船の飛ぶ｜リアクション

霊界の空を幽霊船の飛ぶ

「ん……」
　海蛍の色してふわふわ光る階段を上りながら、まゆらは寝ぼけ眼を擦る。自宅から海岸まで歩くうちに眠気はとっくになくなっていたけれど、眩いほどに舞うたくさんの蛍に波間に踊る海蛍、加えて一見しただけで分かる幽霊船にそこに集うひとならざるものたちとくれば、
「なんか妙な夢……」
　そう思わざるを得ない。寝惚けているもかもしれないと瞼を擦らざるを得ない。
「これは夢の中だからね！」
　すぐ耳元で聞こえた声に、まゆらはこれが夢であることを確信する。だって肩には宝物であるはずの姫之崎ありあ1/6フィギュアが乗っかっている。それどころかアニメで聞いたままの声で話しかけて来てくれている。
(付いてきちゃったし……！)
　これが夢ではないと知っているフィギュアの付喪神が内心にとても焦っていることも、
(どうしよう、途中でバレやしないかな……？)
　素知らぬ顔をしながらも、自分が付喪神であることやフツウではない世界の有り様が持ち主に知られてしまわないかと恐れていることも、だからこそ、
「夢だからね……！」
　何度も言い聞かせるように口にしていることも、まゆらは一向に知らない。
「うん、夢だね」
　こくりと素直に頷いて、炎のように揺らめく階段を足取りも軽く登る。登り切った先に骸骨たちが待ち受けていても、現実であるはずなら怖いはずの彼らも、夢の中だと思えば全然怖くない。

「この船、どこへ行くの？」
　あやかしの船に紛れ込んだ人間に、陽気で大雑把な骸骨船員たちは一瞬顔を見合わせる。けれどすぐにまあいいかとカタカタ顎を鳴らした。
　霊界だよお嬢さんと教えられ、まゆらは栗色の瞳をぱちぱち瞬く。
「へ？　霊界？」
　耳慣れない言葉ではあったものの、どうせ夢だ。
「なんだかよくわからないけど、面白そうだよね」
　船に招き入れてくれた船員にありがとうと笑いかけ、まゆらは肩にありあを乗せて好奇心のまま幽霊船を歩き回り始める。
「凄い船だよね……」
　甲板にはトラックほどもある巨大な白猫がうたた寝している。折れた帆柱や破れてなびく帆や朽ちて砕けかけた船端には蒼白い熱持たぬ不思議な蒼炎がまとわりついている。幽霊船の中を歩き回っているのは骸骨の船員、お客として乗り込んでくるのも、ひとのかたちをしていながらどこかひととは違う雰囲気を持つものばかり。
　好奇心に突き動かされて開けた船内への扉の向こう、蒼白く燃え上がる壁に挟まれた狭い廊下がまるで生きているように蠢いて見えて慌てて扉を閉める。
　傍を通りがかった骸骨船員と、偶然立ち会った歩がおっと、と声を上げた。
　食われちまうよォ、と真実とも嘘ともつかぬことを言って骸骨船員がカラカラと笑い、
「流石幽霊船だよな」
　歩が然程動じていないような口調で頷く。
「ゆ、……夢だからね！」
　そういうことで押し通したい付喪神と、この現実を夢だと思い込んでいるらしい人間の女の子に、歩は快活に笑う。
「この島は楽しいよな」
　怖いものを見たはずなのにあんまり怖がっている風でもなく甲板を歩いて回る女の子と付喪神のふたりを見送って、歩はひとり、それでも軽い足取りで歩き始める。
「こういう今日みたいなこともあるし！」
　明るい瞳で夜空を仰ぐ。

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