スターライト・セレナーデ｜リアクション

スターライト・セレナーデ

　このところ芋煮紅美の様子がおかしいという。
　白真白も三佐倉千絵から話を聞いていた。
「それとなく様子を見てもらっていいですか？」
　と千絵から頼まれたが、こんな話を聞いたからには、頼まれなくなって真白はそうするつもりだった。
　なのでさっそくNYAINメッセージを送った。
『会えない？』
　と。

　天気がいいので夕方の海岸に誘った。海は凪いでおり、かすかな海風が気持ちいい。今日は特に気温も高く、その気になれば泳げそうなほどだ。実際、サーファーの姿もちらほら見かけた。
　遅いな。
　真白はスマホの時計を確認する。約束の時刻はとうに回っていた。念のためNYAINを確認するも通知はゼロだ。誘いのメッセージに対しては、『行く！』という回答がすぐにあったのに。やる気に満ちたアイコンとともに。
　星がちらつきはじめても紅美の姿を見かけることはなかった。野外ステージそばのベンチだ。見晴らしはいい。そうそうまちがう場所でもなかろうに。
　探しにいったほうがいいだろうか。
　腰を浮かせかけて、いやでもすれちがったら――と考え座り直すことは三度におよんだ。気分転換にスマホゲームをたちあげてみたものの、気もそぞろで集中できない。
　スマホの画面に自分の顔が写っている。
　……千絵によればこのところ、紅美は学校を休みがちで登校しても元気がないという。異変はこれにとどまらない。数日前のことであっても完全に忘れていたり、口調が急に幼くなったりもするらしい。
「一度などは、自分のことを『紅美』と呼びました。一人称という意味です。そんな芋煮さん見たことなくて、ちょっと戸惑いました……」
　千絵の言葉だ。
　そんな状態の紅美を真白は知っている。かつて、見たことがある。
　私の家にいたころだ。あのときの紅ちゃん、何歳か退行してた――。
　何かあったのだろうか。いや、何かあったにちがいない。
　千絵の情報をつなぎあわせると、真白が七枷陣と一緒に紅美の勉強を見た日、その翌日から異変がはじまっていたと予想できた。
　私たちが勉強を教えたことがまずかった？
　でも、あのときずっと紅ちゃんはいつもの紅ちゃんだった。むしろ前に進もうとがんばってた。
　だったら、あのあと？
　途中まで一緒に帰ったのに……？
　おうちで問題でもあったとか？
「真白ちゃん」
　声がした。
　スマホから真白は顔を上げる。ほっと息をはいた。
　紅美だ。うふふと笑っている。
　遅いと怒る気持ちはなく、真白は安堵とともに眉をさげた。
「ようやく会えたよ～。紅ちゃん、何があったの？」
　心配したんだからと言うと、紅美はまばたきして口元をおさえた。まるで、幕の内弁当と聞かされていたものを開けたら日の丸弁当であったかのように。
「え……？　真白ちゃん待ってたの？」
「うん。ここで三十分ほど前に会おう、って約束だったから。紅ちゃんと」
「約束？」
「ほら、NYAINメッセージで」
「ニャイン？」
「うん、NYAINだよ」
「紅美ね、たまたま散歩してたら」
「散歩？」
「うん。そしたら真白ちゃんのこと見かけて、うれしくなって声をかけただけなんだけど」
　話がかみあっていない。
　やっぱり。
　真白は確信した。
　この紅ちゃんは普段の紅ちゃんじゃない。
　うちにいたときの雰囲気だ……！
　自分のことを『紅美』と呼んだ。いつもなら『私』ないし『あたし』なのに。
　だがこのことを『彼女』に伝えてなんになるだろう。困らせるだけではないか。落ち着くべきだと真白は考える。
「とりあえず座ろっか」
　真白は自分のベンチの隣を示した。
「うん」
　紅美は両膝をぴったりと合わせて腰を下ろした。
　気のせいか距離が近い。四五人は座れるベンチなのに、真白のすぐ隣、くっつくようにして紅美は座っている。