スターライト・セレナーデ｜リアクション

スターライト・セレナーデ

　真空地帯というか台風の目というか、夕方は忙しい『クラン＝G』にも、ぽつんと空白の時間帯のおとずれることはある。レジに来る客がなく電話照会もなく、なんとなく閑散としている白っぽい『間（ま）』、のりしろみたいなひとときだ。
　こういう時間帯が毎日つづくようであれば店の経営危機なのかもしれない。でも、たまであればいいんじゃないかと七枷陣は思う。
　いま現在、まさにその空白時間帯に店は入っていた。店奥のプレイングテーブルではカードゲームないしボードゲームに興じるグループがふたつほどあるが、見渡すかぎりお客はそれだけ、どちらのグループもゲームに熱中していてレジに問い合わせにくることもないし、他に来客の気配もない。
　陣はバイト中、白文字で『G』と入った緑のエプロンを巻いていた。レジカウンターに立つことだけが現時点の業務のすべてだ。あがりの時間まではまだかなりある。いささか眠気をもよおしてきた。
　夢の世界にわたるわけにもいかないから、店内有線放送のチャンネルをアニソンチャンネルにきりかえてみた。いわゆるひとつの気分転換だ。
　あ、この曲知ってる。
　昔のロボットアニメのオープニングテーマが流れた。本編はともかく歌はそこそこ有名である。その後バラドル路線で有名になるタレントが、正統派アイドル歌手として売り出されたころの曲らしい。
　音楽にあわせ脳内でハミングしていたところ、
「七枷さん」
　急に声をかけられ、陣はわっと声を出しそうになった。
「……あ、うん、どうしたの？」
　店長代理の三佐倉千絵だ。やはり『G』のエプロン姿である。
「いま、お時間ありますか」
「売りたいくらいあるよ」
　ちょっと軽口をたたいてみたのだが千絵は愛想笑いすらしない。眼鏡の奥の目を曇らせて言った。
「芋煮さんのことです」
「紅の？」
「私、いつもは芋煮さんと一緒に下校しているんですが」
　知らなかった、と陣は目を丸くした。学年こそちがうが芋煮紅美と千絵はおなじ寝子島中学生だ。「仲良いじゃん」
「良くないです」
　ここだけ早口で断りを入れる千絵である。まあそれは笑顔で聞き流すとして、聞き捨てならないのはその続きだ。
「芋煮さん、このところ学校を休みがちなんです。このあいだは数日連続で学校を休みました」
「マジ！？」
　聞けば、陣が白真白とともに家庭教師をおこなった翌日以降具合がおかしいらしい。以前のように完全な不登校にもどったわけではないが、登校した日も精彩を欠き口ごもり気味だったようだ。
「そういやここ（『クラン＝G』）にも来てないみたいだ……」
「私もずっと見てません。お父さんが店番のときに来てるのかもしれませんが」
「店長代理、仕事中やけどちょっと、電話してきていいか？」
「許可します」
　ごめんすぐ戻るから、と陣は店を飛び出し携帯を手にした。