スターライト・セレナーデ｜リアクション

スターライト・セレナーデ

　不思議のマシンそびえ立つ、である。
　アリス・トテレスからすれば実に不思議だ。
　自動販売機。透明なケースの内側にパンやお菓子が詰められたこの機械は、別名をベンディングマシンと言うらしい。アリスが生まれ育った地域の発想では、コインでいっぱいの貯金箱を通りのまんなかに置いておくようなものだ。どうぞご自由にお盗（と）りくださいと言わんばかりの無防備さではないか。どうしてこんな不用心でいられるのか。
　なので当然の権利として（？）アリスはマシンの前でしゃがんで取り出し口に手をつっこみ、パンをどうにか入手できないものかと苦心していた。
　目指すはカレーパンだ。よりどりみどりの状況でもつい、はじめにカレーに手が伸びてしまうのは、このところカレー屋で働いているせいだろうか。
　手を入れる。体をかたむけると腕は通ったが、パンの袋にはどうにも届かない。
　なかなかこのパン……強情で出てこないのデス……。
　体制を変えてみたり体をひねってみたり、方向性は誤っていないと思うのだが成果はないのだった。
　こっちじゃ、と声がかかった。
　九鬼姫だ。恋々（レンレン）は長椅子に座ったまま顔を覆っている。診察を受けていたのは九鬼姫なのに、どちらかといえば恋々のほうが疲れているように見えた。
「何をしておる？　パンくらい買ってやるわえ。みっともないまねをするでない」
　その発言は的確ではない。アリスは飢えのあまりパンに手を出したわけではなく、純粋な知的探求の作業をしているだけだからである。そもそもこんな無防備な状態でパンや菓子をさらしていること自体、病院から自分への挑戦状だとも言えるのではないか――そんな感じの思考がもやもやとアリスの頭をよぎったが、うまく言語化できなかったし実際空腹も感じてきたから、
「ほんとデス？」
　ピョンと子鹿みたいに跳ねて、小走りで九鬼姫のもとに参じた。
「ほれ」
　小銭を渡され、アリスはさっそくベンディングマシンのメカニカルな動きを堪能する。ぐいーっとアームが動いてポスっとパン入りの袋が落ちた。なるほど、この芸当を楽しむための金銭投与なのかもしれない。もちろんパンも堪能した。油が回っていてカレーもポソポソ、けっして美味とはいえないが、廃棄パンを盗み食いしていた時代から考えればごちそうだ。
　九鬼姫たちのところにもどると、やはり恋々はうつむき加減のままである。そういえば、さっきから九鬼姫も表情が沈んでいるようだ。
「恋々と九鬼姫、元気ないのデス？」
　たちまちぺろりとパンを完食したアリスは、ははあ、と状況を理解したように言う。
「おなか空いたなら、帰って恋々から教わったギョウザ作ってやるデスヨ？　ニンニクとニラタップリデス！」
　皮から作るのが恋々流で、そのテクニックはアリスも受けついでいる。
　はは、と九鬼姫は力なく笑った。
「それはいいのう。早めの夕食に頼むとするかな」
　でも恋々はこたえない。目に白いハンカチを当てている様子だ。涙ぐむくらい空腹なのか？
　はっ、とここでアリスは気がついた。
「あーでも今夜もお仕事ダカラ、ニンニクダメデスカ？」
　そうね、と恋々は立ち上がって言った。
「今日は遠慮しとくよ。またの機会、お願いするよ」

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