指をのばせば摘めそうなほど、星の粒だつ夜だった。ここ数日はカレンダーを塗り忘れたかのような好天で、雲すらほとんど目にしない。とっくに梅雨入り宣言されているのが冗談みたいだ。
それで、と空になったジョッキを
樋口 弥生は置いた。二杯目だった。
「話があるんですよね? 相原先生」
ウズラ卵の天ぷらを持った手をとめ、
相原 まゆは目を丸くする。
「そんなこと言いましたっけ?」
「おっしゃってませんけど、『飲みに行きませんか今夜』なんて朝イチ急に声をかけられたからには、何か話かと思いますよ」
「そんなにあたし、思い詰めた表情でしたか」
「わりと」
「ウソッ」
まゆは自分の顔を両手でもんだ。
「やだあたし顔に出てた!?」
「冗談です」にやりとして弥生は焼き鳥に手を伸ばす。
「樋口先生!」
あははと笑い弥生は席を立った。まゆのジョッキを指さして、
「おかわり取ってきましょうか?」
「すいません……じゃあ生で」
「おまちください」
戻ってきた弥生は生中のジョッキと、バーボンのショットグラスを手にしていた。
弥生とまゆはともに寝子島高校勤務の同僚だが、さほど親しい間柄ではない。仲が悪いわけではないものの、日常最低限のかかわり以上の交流を持たなかった。
なので何事かと弥生は思ったものだ。今朝まゆに一対一の飲みに誘われたのは。
深刻にならないよう「じゃあビアガーデンにしません? 今シーズンもオープンしたみたいですし」とオープンな空間を提案したのは、選択として正しかったのかどうか。
まゆが真実を語り出したのは、そこからさらに数杯重ねてからだった。
「樋口先生はぁ、恋とか~、したことありますぅ?」
語尾がパーマの毛先みたいに跳ね気味だ。
「ないとは言いませんけど」
対する弥生の口調は普段と差がない。
「ということはぁ……恋愛経験豊富というわけではない?」
「そうなると思います」
あたしもそうなんです! とまゆは勲章でももらったような口調で言った。
「学生時代はスポーツばっかりでぇ、男子と知り合う機会なんてほとんどなくって~。ちょっといいなと思う人がいて親しくなっても、その人はあたしじゃなくてあたしの友達ねらいだったりして~」
話の方向が見えてこないので弥生はうなずくだけだ。
「
だからなんです!」
だしぬけにまゆの声が大きくなった。弥生はうなじの毛が逆立つ。アンプがハウリングしたときの感覚に似ていた。
「だから樋口先生に相談したいんですよっ。先生、っていうか弥生ちゃん!」
弥生ちゃんねえ――こそばゆい気持ちだったが、弥生は口をはさまずまゆに先をうながした。
「美和ちゃんは恋愛経験がすっごおく豊富で恋愛初段というかレベル百って感じだから、こういう初歩的なこと訊きにくいんですよう」
「……そうですか」
まゆが公私ともに親しい同僚が美和ちゃんこと
久保田 美和であることはまちがいないだろう。美和が恋多き女性、もう少しストレートに表現すれば惚れっぽい性格であることは周知の事実だ。
「それでね弥生ちゃん先生、あたしらみたいな人種は、どうやってはじめたらいいと思います……恋愛?」
「難易度の高い質問ですね」
自分は相談役にふさわしくないと思う反面、まゆが必要としているのは適切な回答ではなくきっかけ、背中を押してほしいだけなのだと弥生も理解はしている。だからといって難しいことにかわりはないのだが。
当たって砕けろ、と言えるほど自分は当たって砕けたことがあるだろうか。
さりげなくアプローチしてはと言ったところで、そもそも『さりげなさ』ってなんだ?
っていうか目下、そういうこと興味ないからなあ……。
弥生は夜空を見上げた。
夏の風物詩、寝子島ウルトラメガトロビアガーデンの会場はシーサイド駅ビルの屋上だ。ただでさえまばゆい場所にあるうえ、ほうぼうライトアップされており提灯やらキャンドルやらうるさいくらい光があふれている。
なのに。
それでも星があんなに綺麗、と弥生は思った。
☆
開店前の『プロムナード』店内。
こんなことはじめてですよ、と
アーナンド・ハイイドは言った。
アーナンドはガラス張りのテーブルに、三枚の紙を広げている。
写真付きの履歴書だ。三人分。
「段階的に復帰しているとはいえ、まだ紗央莉ちゃんは本調子じゃないです。でも店はありがたいことに好調なので」
正社員、増やそうと思うんですよとアーナンドは言う。
「ふたり。最低でもあとひとりはメンバーがいないと回りませんです」
体験入店で一時的に参加する子、最近恋々が連れてきた国籍不明の子(密入国者?)などアルバイトには事欠かないが、必要なの二十歳以上の恒久的な従業員なのだ。
求人広告を出して待つことしばし、たてつづけに応募があったことにアーナンドは驚いた。しかし困ったことに、
「応募……三人あったんです。すごく短い期間だったのに、です」
だから採用面接しようと思うんですと告げるアーナンドの顔に影がさしている。
「履歴書、見るかぎりじゃみんな適性ありそうなんですね。ワタシ一次面接しました。でも全員パスしちゃったです。みんないい子、できるなら全員採用してあげたい。でもね三人とも採用できる余裕はないのです……」
なんとなく話が見えてきた。
「つまり俺たちに面接官をやってくれ、ってことか」
「そうです若先生。ワタシ、おふたりの人を見る目、信用してます」
「オヤジさんそりゃ買いかぶりすぎだよ……」
星山 真遠はソファに座り直した。
真遠の本職は司法書士、とある小規模事務所に勤務している。といっても所長は実の父親なので事実上は役員の地位にあった。事務員採用の面接くらいなら同席したことがあるし、何人か採否を決めたこともある。でもそれは優秀な、あるいはせめて問題を起こしそうもない人材――無難なアルバイト求職者を選ぶだけの軽いものでしかなかった。今回の責任とは比べものにならない。
常勤のキャバ嬢、夕顔、紗央莉、泰葉、恋々、まみ子、九鬼姫、あんなの七人は厚生年金も健康保険もある正社員契約だ。そこに常勤者を最低もう一名、最大でも二名加えたいのだという。
アーナンドの店、クラブ『プロムナード』はキャバクラであるが、キャバ嬢および黒服従業員たちと店は、夜の店舗によくある請負契約ではなく労働者契約を結んでいる。
請負というのはつまりフリーランスなので、ガンガン稼ぐタイプの嬢にとってはありがたいかもしれないが、ひとたび不調になったときのリスクは大きい。休業手当金や雇用保険などセーフティネットもない。手取りは減るかもしれないが、有給休暇も労災保険もある労働者契約のほうが、不安定になりがちなこの業界向けだとアーナンドは信じ実践しているのだった。
渋い顔をする(が、たぶん断れないとなかば覚悟している)真遠にくらべると
木野 星太郎は泰然としていた。
「見ていいかしら?」
履歴書を手に取る。星太郎は一国一城の主、『美容室・エトワール』の経営者なのである。もちろん採用面接など何度もこなしてきたし、真贋を見抜く目はそれなりにあると自負している。
「全員この業界未経験なのね……なるほど」
アーナンドが悩むわけもわかる。
候補者は以下の三人だ。履歴書の写真とは別に、ポートレイトが一枚ずつ添付されている。
■烏魚子 一紗(からすみ・かずさ)
黒いコートに黒いブーツ、黒いベレー帽までかぶった黒ずくめの衣装、ロングヘアももちろん黒だ。極端なまでに白い肌。整った顔立ちだがマネキンのように冷ややかで、こちらに向ける視線に強烈目力(めぢから)がある。
経歴:大手企業を退職して現在無職。海外在住経験あり
趣味:読書(主として日欧の文学作品)
特技:英検1級。コミュニケーション英語能力テスト960点
特記事項に『いくら呑んでも酔わない体質です』と書いてある。貧血気味らしい。
アーナンドのコメントは、「物静かで、聞き上手という印象でした」とのこと。
■成小 瑛美(なるこ・えいみ)
髪が多い、という印象がある。長いのではなく多いというのが正確なところか。元気そうな雰囲気、明るい笑顔だ。私服はジャケットを重ね着していて野暮ったい印象。
経歴:木天蓼大学生。(今月から休学中)
趣味:猫と触れあうこと。保護猫活動もやっています
特技:猫と仲良くなること
特記事項に『学費が苦しく、一時休学して複数のアルバイトをかけもちしています』と書いてある。事情は切実なようだ。
アーナンドのコメントは、「いい子なんですが、ちょっと自己主張が苦手っぽいです」である。
■絢美 清子(あやみ・せいこ)
ゴージャスなセミロングの巻き髪、ポートレイトもカクテルドレス姿で撮影しておりお嬢様という雰囲気、たれ目でおっとりした印象を受ける。
経歴:大学を中退したばかり。無職
趣味:占い。占星術とタロットが好み
特技:ぼーっとすること(二時間くらいなら一瞬で過ぎます、とのこと)
特記事項によれば『占いの結果に従って大学をやめました。夜の仕事がいいという卦が出たので応募しています』とのこと。
アーナンドのコメントは、「不思議ちゃん、って言うんですか? なんでも占いで決めちゃってる印象があります。でも育ちは良さそうです」ということだった。
さて、どうしたものだろうか。
☆
騒々しい病院というのもそうないだろうが、今日の寝子島総合病院はとりわけ閑かだ。
それだけに目立った。
どこまでもつづくまっすぐな廊下、その奥から聞こえるすすり泣きの声は。
廊下沿いにならぶ待合の椅子、端に浅く腰かけた
恋々(れんれん)が、あふれる涙をハンカチで拭っている。
「なんでそちが泣くのじゃ」
九鬼姫(くきひめ)は笑ったが顔色は冴えない。
「だって……だってこんなの、九鬼ちゃんが可哀想すぎるね……」
「哀れむでない。そも、悲しい話ではないじゃろ。来るべきものが来たと考えればよいではないか」
長く一息をはきだしてつづける。
「還るときが来ただけなのじゃよ。わらわが、元いた時代にな」
九鬼姫は席を立ち、物めずらしそうに病院内を見わたしている
アリス・トテレスに手をふった。アリスにとってはすべてがワンダーランドらしい。消毒液の匂いを胸一杯に吸い込んだり、非常出口を示すピクトグラムのポーズをまねてみたりしていた。いまはパンの自販機をしげしげと眺め、どうにかしてコインを入れずにパンを取り出せないか思案しているところのようだ。
「こっちじゃ」
九鬼姫が手をあげると、アリスも気がついたらしく小走りでやってくる。
九鬼姫は自分のポケットから、雪のように白いハンカチを取りだして恋々に渡した。
「……とにかく、今日のことはまだ伏せておいてくれ。アリスはもちろん、皆にな」
頼んだぞ、と九鬼姫は言った。
いつものことですがガイドが長くて申し訳ありません……!
ここまでお読み下さりありがとうございました! 桂木京介です。
星山 真遠さん、木野 星太郎さん、アリス・トテレスさん、ガイドにご登場いただきありがとうございました!
ご参加いただける際は、ガイドの内容にかかわらず、自由にアクションをおかけください。
概要と状況
六月、すでに梅雨入りしているというのにやけに晴れた星空の下をイメージした日常シナリオです。
舞台は主として夕暮れから夜の時間帯を想定していますが、それ以外の時間帯でも問題ありません。
ビアガーデンでくつろぐ、『プロムナード』の採用面接に参加する、涼しい初夏の星空のもと散歩する、傘をもって出たのにまた晴れで拍子抜けする……などなど、あなたらしいアクションをお待ち申し上げております。
ビアガーデンは未成年でも参加可能です。採用面接も、何かそれらしい理由を工夫して下されば誰でも面接官に加わることができます。
『プロムナード』採用面接に関するアクションについて
アクションとともに、いわゆる想定問答を面接官の側から用意することになります。
候補者に質問したいこと(候補者別でも全員共通でも)、どういう回答を高評価するか、逆に、どういう回答であればマイナスの評価をするか、採用したい人のイメージ、採用したくない人のイメージ、履歴書状態で高評価の候補者などを自由に記してください。
採用面接を担当されたPCのアクションをすりあわせたうえで採用者を決定します。
NPCについて
あらゆるNPCは本作に登場可能です。
特定のマスターさんが担当している非公式NPCの場合ちょっと調整が必要ですが、アクションに記していただければ登場できるよう最大限の努力をします。
以下のNPCだけは特定の状況が設定されています。
●樋口 弥生と相原 まゆ
平日の夜、シーサイド駅ビル屋上にて開催中の寝子島ウルトラメガトロビアガーデンに来ています。
まゆは五十嵐 尚輝に惹かれていた時期もあるのですが、全然相手にされないのであきらめつつあり、それでもなんとなく人恋しい気持ちというか、恋愛したいというモヤモヤした状態にあるようです。
弥生は平素と変わりません。
ビアガーデンといっても飲酒主体ではなく、『世界の料理がビッフェ方式で楽しめる野外レストラン』という性格が強いので、未成年グループでも参加できます。
●九鬼姫(くきひめ)と恋々(レンレン)
九鬼姫は何か秘密を抱えているようです。口止めされているので恋々が明かすことはありません。ふたりはこの夜も『プロムナード』勤務予定です。
●あんな(後藤 杏那)
ガイドには未登場。やはり『プロムナード』の店員です。
この夜、店を訪れた東尾、十輪田という大学生二人組の客に学歴(あんなは大学生という設定ですが本当は高校中退です)をいじられつづけるというウザ絡みをされ半泣きになります。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、銀河系の旅人たちなど。参考シナリオがある場合はページ数も)を書いておいていただけると助かります。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!