今日は、君と｜リアクション

今日は、君と

　まだ夢の中を歩いているような気がする。
　色々な経緯やらものの弾みやらが絡んで、佐和崎紗月がグラビアアイドルとして活動していた恋人の初瀬川理緒と並んでグラビア撮影に挑んでしまったのが三月のこと。
　撮影されたグラビアが週刊ヤングニャンプに掲載され発売されたのが五月のこと。
　あれよあれよと言う間にたくさんの仕事が舞い込み、タイへ二泊三日の海外ロケと相成ったのがここ最近のこと。
(未だ信じられない……)
　グラドルとしてデビューしてしまったことも、たくさんのひとに受け入れられたことも。
　撮影スケジュールが多忙に多忙を極める中で、改めて思ったのは、
(理緒ちゃんは凄い)
　そればかりだった。
　現役女子高生グラドルとして活躍していた彼女は、高校の時からずっとこんなに繁忙に過ぎるスケジュールをこなしていたのだと思うと、驚嘆の念を抱く他はなかった。
　大学生となったこの春から一人暮らしをしている彼女のアパートへと向かいながら、紗月はちょっぴりおめかしをしたスカートの裾を気にする。大学が休みで、仕事もやや落ち着いた頃合いだからと、昨日、デートの約束をした。
　とは言え、定期試験は間近に控えている。
　──大学のテストは期末だけじゃないの？
　入学当初からの怒涛の忙しさに息切れ気味だった理緒のぼやきを思い出し、紗月は初夏の風にくすりと笑んだ。
　課題に試験に、大学生は大学生で忙しい。加えてグラドルとしての仕事もある。撮影の仕事はやや落ち着いたとは言え、取材や各種イベントへの参加も控えている。
　──あーもー、なにこの地味な忙しさ！　紗月に逢わなきゃやってらんない！
　恋人に会う前から恋人のことを思い出しつつ、メゾネットタイプのアパートの玄関に立つ。
　呼び鈴を押す。
　理緒が迎えに出てくるまでの少しの間、思い出したのはあの夜のこと。
(……理緒ちゃん)
　肌を重ね合わせたときに彼女が零した吐息の熱さをうっかり思い出して赤面した途端、ドアが開いた。
「おはよう、理緒ちゃん」
「うわっかわいい！」
　挨拶よりも先に目を丸めて言い放ち、理緒は歓声をあげて抱き着いてきた。
「り、理緒ちゃん」
「やだもうかわいい、どうしようかわいい！」
　キャアキャアと華やいだ声を上げ、理緒は紗月の手を取る。上がって上がってと部屋の中へと引っ張り込む。
「デート、どこ行こっか！」
　螺旋階段の先の開放的な部屋で、ふたりは肩を触れさせ合ってソファに並んで座る。小さなテーブルには紗月を待つ間にうきうきと準備をした冷たい紅茶。
「アウトレットモールへ行ってみるとか……？」
「新しい水着探すのもいいね、って、先取りで水着着てばっかだけど！」
　初夏の風と恋に火照る身体をアイスティーで冷ましながら、とりとめない会話をする。
　デートの行先を決めるはずの話題は、
「大観覧車から海を見るのもいいね」
「てっぺんでキスする？」
「もう、理緒ちゃん」
「それとも今ここで、」
　すぐに脱線して小鳥がついばみあうようなキスになる。
　行くところなんて、どこでも良かった。話題が脱線した挙句、このまま家で一日を過ごすことになっても一向にかまわなかった。大切なのは、
(どこにいるのかじゃなくて、ふたりでいることだから)
　キスひとつで白い頬を赤く染める紗月の身体をぎゅっと抱きしめながら、理緒は恋人との時間をかみしめる。
　なんでもない会話をして、お互いの笑顔に見惚れて微笑み合って、手を取り合って、抱きしめ合って。そうしているうちに、理緒がぽつりと呟いた。
「お腹、空いちゃった」
　テーブルに置きっ放しにしていたスマートフォンを確かめてみれば、いつのまにか昼時を少し過ぎている。
「紗月」
　時間を確認したついで、スマホの待ち受け画面を紗月に示す。
「壁紙にしちゃった」　

　それはタイで撮った写真。青い海の中、青い空を背景に、ふたりが指を絡ませ身を寄せ合って笑っている。
　どこまでも屈託なく明るく笑う普段の自分ではないような笑顔に、そのすぐ傍にある理緒の何もかもを愛おしむような笑顔に、紗月は思わず頬を赤らめる。一瞬を切り取ることに長けたプロのカメラマンの腕というのは恐ろしい。
　青い海の中のふたりの間にある空気がどう遠慮して見ても恋にしか思えなくて、紗月は熱い頬を抑えて困る。
「理緒ちゃん、それ、……」
「どうせ来月にはヤンニャンに掲載されるんだし」
「いいのかな」
「ん？」
　だって、と言いかけた唇に、理緒の唇が触れた。
「外、行こっか」

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