「どおりゃああああああ！！！！」

　渦巻く水流に、ビート板をサーフボードさながらに操って、獅百合は校内を疾駆する。
　まるで水の流れは、より激しい戦場へと誘い込む見えざる手のように、彼女を校内の奥へ奥へと導いていく。
　哄笑を放ちつつ、襲いかかる相手をなで切りにする獅百合、魔人のごとき壮絶さだ。
　
「うーん……」
　その有様を見て、荒太郎は首をかしげる。
　潜水していた桜が、ざばりと水中から顔を上げる。
　
　獅百合は強い。
　強すぎるのだ。
　シン体操部、バスケ部の部長クラス二人を相手にして一歩も引かない戦闘力。
　さらに、校内でつっこんで来る相手も、片端から粉砕する。
　
　無論、古武術を習得した彼女の戦闘の基礎教養もあるだろう。
　ケンカ上等、修羅場をくぐり抜けてきた野性的なカンもあるだろう。
　だが、それ以上に……。
　
「咲いて散る花火……」

　部長クラスの二人も、バトルエアーの恩恵を当然受けている。
　が、その力は肉弾戦にのみ振り分けられるわけではない。
　後輩達の統率や、戦場全体の状況把握、さらに他の勢力への目配りなどもしなければいけない。
　だが、獅百合は、目の前の敵を粉砕することに、全ての力を注いでいる。
　一点突破。攻撃全振り。
　防御力の薄い水着の水泳部、さらに防御をかなぐり捨てた、究極の戦闘スタイル。
　と、なれば……長生きすることは考えていない。
　エネルギーを使いきったときが、彼女の果てるとき。
　
（助っ人としては、上等でしょ？）

　最強の戦力を手にした彼女、ガラスのようなその脆さ。
　一瞬のフィラメントのきらめきを、獅百合は笑い飛ばし、戦場へとひた走る。
　悪辣！　悪辣極まりなし！

　――ボロは着てても心は錦、ですか。でもダーティな人は校舎に入れられない小萩なのです！

　そんな獅百合に、真正面から立ち塞がるのは、本条小萩。
　獅百合の唇が、獲物を見つけた「狩る者」の笑みで笑われる。

　
「お生憎様、敗北は教える立場でね」

「モップハリケーン！」

　小萩の初撃を、真っ向受けて立つ獅百合。

「雑巾トルネード！」

　反撃に転じる獅百合に、雑巾の弾幕を展開し妨害をかける小萩。
　
「向かう者あらば拳で砕き！　刀で叩き割り、鉢金で頭突き！」

　多彩な技で立ち向かう小萩に、獅百合はひたすら力技で応戦。
　水しぶきが濁流のように逆巻く。
　教室から流れてくる机と椅子を八艘飛び、上空から小萩を狙う。
　一切の躊躇なしの、全身全霊を込めた殴り合い。

「ド直球の体力馬鹿で筋肉馬鹿で体格も馬鹿……。

　――助っ人にしては最高でしょう？」
　
　凄絶な笑みを笑う獅百合に、
　
「むむむっ！　好敵手の攻撃なくしては、小萩の天才は証明されないのです！」

　一歩も引くことなく、こちらも技を繰り出す小萩。
　バケツで水を散らし、デバフをかける。
　
「バケツストリーム・イリュージョン！」
　　
　息吐く間もない互いの攻撃に、
　――あっ！
　水流に足を取られ、一瞬たじろぐ小萩。
　
「もらったッ！」

　全身をたわめて、粉砕の一撃を繰り出す獅百合。

　だが、その瞬間――。
　小萩の顔が、笑みに彩られる。
　
「粉塵爆発って、知ってますか？」

　獅百合に向けて、こぶしを突き出す。
　美化委員の最終兵器――それは空中に瀰漫する「塵」。
　美化委員は、ゴミそのものを操作し、武器とすることが出来る。
　空中に漂う塵を一点に集中させ、連鎖させて爆発。
　爆裂の拳が、獅百合に炸裂する！
　
　ドオオオオ―――ンン！！！
　
　盛大な水しぶきを上げて、落下する獅百合。

「スターダスト・レボリューション！」
　
　掲げた右手の掌の上に集めた高密度の塵球を、獅百合めがけて構える小萩――。
　
　その瞬間！
　
「いーまーだ、ひっさーつ、カッパギタイフーン！」

　嵐を呼ぶ一撃が、小萩の背後から襲いかかる！

「げふっ！」

　吹き飛ばされた小萩、面白い感じで水中に落下。
　水泳部部長、荒太郎の渾身の一撃。
　仲間とはぐれてソロになったとしても、闘志を燃やし続ける。
　いやむしろ――。
（たった一人になっても、戦い抜く･･････いや、それも計算に入れてる！）

　今回の部費争奪戦、生き残るのはひと組だけのバトルロイヤル。
　短期間で手を結ぶことはあっても、最終的には一人で戦い抜かなければならない。
　チームプレイより、あくまで個人の戦闘力に頼った編成は、バトルの最終的な展開を見越してのことなのだ。
　まさに、知将荒太郎による、
　
「くりてぃかーるひーっつ！」

　荒太郎、肉弾戦もいけているところをアピール。
　
　そのまま小萩を追撃しようとする桜を、
　
　
「くっ、侮れません、水泳部！」


　振り切るように流されていく小萩。
　
　部活争奪戦、いよいよ戦いは佳境へと突入。


＊　　　＊　　　＊


「なかなかのものですね」
　そんな水泳部の様子を物陰からうかがうのは、愛猫 萌々子と笛吹 ぴりりの風紀委員会チーム。
　すでに風紀委員の特殊スキル『持ち物検査』と、持ち前の怜悧な観察力で、水泳部の戦略は見切っていた。
「……分が悪いですね」
　互いに頷き合う。
　風紀委員の特殊スキルは『持ち物検査』の他も、極めて強力。
　だが、絶対的な攻撃力に不足する。
　なんとかして相手を食い止めたとしても、破壊力で制圧されてしまう。
「状況を突破できる事件が必要ですね……」
　風紀委員の持ち物検査は、現行犯逮捕が肝心。
　たとえずるくても、多少相手を泳がせて、決定的な犯行を抑えなくてはならない。
　タイミング良く相手を打倒するためには、お互いがつぶし合ったりして、こちらの有利な状況に引き込まなければならないのだ。
「なんだか、不正を指摘するというより、相手の不正を待って、あら探しをするようなことにもなってしまいますが……」
「――ここはバトルの世界。切り替えていきましょう」
　ダーティな事にも躊躇なし。
　大義の前には、些細な悪事など気にしちゃいられないのだ。