Monster｜リアクション

Monster

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　訪れるのは自然の摂理で、地球が滅びでもしないかぎりかならず巡ってくるもの、待ちわびている人がいる一方で、やってくることを心底怯えている人もいるもの――。
　朝。
　小鳥のさえずりがする。雑に閉めたカーテンの合わせ目から陽光が入り込んでくる。
　旧市街にある女子独身寮の一室。
　水槻清恋は目覚めた。
　陽が高い――？
　がばと跳ね起きて目覚まし時計を手にした。やっぱり……！　もうこんな時間ではないか。転がり落ちるようにベッドから降りたときにはもう、清恋は寝間着がわりのTシャツを左手で胸の上まで引き上げた状態で、のばした右手でワイシャツをつかもうとしていた。
　前衛舞踏のような姿勢でハタと気づく。
　ああそうだ。そういえば。
　今日は非番だ。
　膝を折ってベッドに戻ると、天井を見つめながらTシャツを戻し、後ろ手で枕元をさぐった。
　煙草は箱にあと二本しか残っていない。買わなくちゃ、とつぶやきながら火をつける。
　煙を胸に溜め、チリチリしてきたところでゆっくりと吐きだした。
　非番か。
　もしゃもしゃと頭をかきまわす。
　そういうものがあることを忘れていた気がする。
　カーテンを全開にして朝日のまぶしさに目を細め、百均のサンダルに素足をひっかけてベランダに出る。もともと手すりは青かったようだが、十何年も日に焼かれたおかげで骨みたいな白だ。ペンキもあちこち剥げ、麩菓子みたいな色の錆が浮いている。構わずに両肘をのせた。
　ベランダの物干し竿には、ヤニで変色したガラスの灰皿がつるしてある。
　トントンと灰を落として空を見上げた。
　忌々しいくらい良い天気じゃないか。
　煙だか雲の切れ端だかわからないものを視界に入れながらぼんやりとする。
　脳みそがドロドロの粥になったような感じで、ロクに思考がまとまらない。
　流体が耳からこぼれそうなのをこらえつつ、どうにか考えらしきものをこねてみた。
　根積宏一郎は証拠不十分で釈放。
　行方をくらませた少女、脇坂香住はみずから施設に戻った。怪人の襲来にパニックになり、数日市中に隠れていたのだという。もちろん事情聴取を行ったが、いまひとつ要領を得ない話しかつかめないままだ。いいことがあるとすれば、現在の彼女が、パニックを起こしていたとは思えないほど落ち着いているということくらいか。
　ネズミ怪人は結局どこへ消えたか、まったく不明だ。
　あれだけ目立つ奴が見つからないなんて、集団幻覚を見たとでも？
　緊急手配はかけたものの、多分見つからない。今のところは。
　吐前さんがあんまり熱心じゃないのも気になるんだよねえ――。
　吐前亀二郎はおだやかそうな見た目と物腰に反し、事件にかける執念はすさまじいものがあると聞く。闘犬かスッポンかというくらい、一度食らいついたら離さないというのだ。しかも今回は自分が被害者なのだ。
　ところがその吐前が、「ネズミ怪人はやっつけられたそうですし」と妙に納得した様子で、怪人の足跡（そくせき）を追うのをやめてしまったのだ。骨まで折られた最大の被害者がこんな感じでは、部下たちも毒っ気を抜かれたようになってしまうのは致し方ないところだ。
　かくして形式上は一段落という格好になり、寝子島赴任以来一ヶ月以上ずっと休日返上だった清恋に、初の非番がやってきたのだった。
　急に休みと言われてもなあ。
　もうかなり短くなってきた煙草をくわえたまま思う。
　……なにしたらいい？
　まさか自分が時間を持てあますなんて、と嘆息した。
　いつもは時間が足りなくて窒息しそうなほどなのに。
　吸い殻を灰皿に押しつけて、ラストの一本をくわえる。
　いやまあもう一度寝てもかまわないんだけど。
　でもいま寝たら、軽く十時間は爆睡して時間感覚が狂いそうな気がする。
　じゃあ外出するしかないか。
　ダラダラしてても腹は減るし。煙草も切れたし。
　清恋は大あくびした。困ったことに今日の日はまだ、あと十数時間も残っている。　