寝子島高校職員室は戦場である!
人の出入りがとにかく多い。学問や進路、人間関係にはたまた恋愛、さまざまな悩みという爆弾をかかえた生徒がひっきりなしに出たり入ったりする一方、工事関係備品関係、文具関係の業者も不定期に飛来しては、担当者が忘れていた決済の即断を迫る。地域教育委員会の揚陸はたいてい予告と同時の強襲で、ときとして役所、まれに警察すら電撃作戦にくわわるのだから始末に困った。
主たる住人である教師たちもまた、不時着気味に帰還してはつぎの授業の装備をととのえ再発進するというあわただしさだ。合間合間には電話爆撃もある。出ようとも出ようともいくらでも、ほとんど数時間すき間なくベルが鳴りつづけていることだってよくあった。
トラップもあるのだから恐ろしい。一日に一度か二度はこの部屋のどこかで、デスクに積みあげた書籍&書類の束がすさまじい勢いで崩落するのである。
しかし昼休憩時間、開始を告げるチャイムが鳴った直後すくなくとも十五分は、停戦ともいうべき静寂(しじま)がおとずれるのが日常だった。
ところがこの貴重な時間を、無為に消費している兵がいる。
相原 まゆだ。
「…………はぁ」
野菜ジュースのパックを手に、ノートの山で面積がいちぢるしく減少した灰色のデスクに肘をついたままぼんやりとしているのだった。エッグサンドは封を切っておらず、高リコピントマトサラダのパッケージにいたっては、エコバッグから出してすらいない。
その気があれば数分かからず、ぺろりとたいらげられるメニューのはずだった。
なのにまゆは補給活動を開始せず、角度三十度ほどの上方に地縛霊でもいるかのようにまなざしを遊ばせ、ひたすらぼんやりしているのだ。
ほっほっほ、とデスク脇を通りかかった
雨宮 草太郎が笑った。
「相原先生が放心状態とはめずらしい」
ひょっとしたら、と言う。
「……恋、ですかな」
「えっ!?」
「いや失敬失敬、たわむれですぞ。午後もしっかりお願いします。チャオ~♪」
何しにきたのかよくわからないが、まゆが我に返ったときにはもう、校長の姿は手の届かない距離に去っていた。
恋? まさかあたしが? どうして?
ていうか誰によ?
あたしの好みはスポーツマン、脳筋気味でちょっと強引なくらいの男子なんだから! 安居酒屋で過去のヤンチャ自慢してそのまま口説いてくるような――。
ウソウソ! それ、表向きそう言ってるだけ! あたしのキャラってそういうヤツが好きそうって思われてるみたいだし。そう思われるほうが楽だし。
本当は繊細な人のほうが好き。あたしの気持ちをわかってくれる人、一見頼りなくてもやさしくて包容力がある人、大人にはバカにされたって子どもには好かれる人のほうが……好き。
だってそれは全部、あたしにはない長所だから――。
ハッとしてまゆは顔をそらした。
顔を見られたくなかった。
斜め前方数メートル先の席、三年五組の担任教師
五十嵐 尚輝が職員室に戻ってきたのだ。
彼はさっさと荷物を置くと、サンダル履きですたすたと出て行く。化学教室の準備室に行くのだろう。平日のほぼ九割がた、尚輝はランチタイムをその小さな部屋ですごしている。
「五十嵐先生……」
ボリューム調整つまみを最小にまわしたような声でまゆは呼びかけたが、尚輝には聞こえなかったようだ。あっさりいなくなってしまった。
『五十嵐先生、映画好きですか? 新聞屋さんからチケットもらったんですけど……よかったら……』
簡単なセリフのはずなのに、まゆには言えなかった。恥ずかしすぎて。顔が熱すぎて。
まゆのトレードマークであるストライプの上着は、彼女が座る椅子にかけられていた。
上着の胸ポケットには、大怪獣決戦映画『ゴアラvsゴング』のペアチケットが入っている。
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怒濤の一夜が明けて、
梓 智依子はアルバイト先、『ハローニャック』の勤務についた。
遅番だったのが唯一の救いだ。でもほとんど寝ていない。溶けたアイスクリームのような脳をかかえたまま制服に着替える。
店に出ると
我妻(あずま)店長は不在だった。警察に事情聴取を受けているらしい。今ごろはきっとイライラをつのらせているだろう。出勤したらきっと、反動で当たり散らかすにちがいない。考えただけで気分が落ちこむ。
「あっ」
それでも智依子の表情にいろどりがさした。
クリス・高松の姿を見たからだった。
秘密をわかちあった同僚、彼女には信頼の情がわきつつある。
しかしクリスは昨日までの彼女とはちがった。智依子に気がつくやつかつかと歩み寄り、
「おい」
小声で言った。
「……戻れなくなった。あの女に」
――って、
ナターシャ・カンディンスキーさん!?
「どうすればいい?」
尊大な口調だが彼女の声のかげに、困惑と怯えとを智依子は感じとった。
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「よっ」
復活を印象づけるべく、できるだけ元気に
吐前 亀二郎(はんざき・かめじろう)は言ったのだが、
水槻 清恋巡査部長の反応はごく当然のように、
「大丈夫なんですか!?」
であった。
「退院、もう少し先のはずでしょう」
先日お見舞い兼事情聴取に行ったから、亀二郎の容態ならわかっているつもりだ。
「早めてもらったんだよう。経過もよかったし」
初恋の女性が病院まできてくれたりして、それなりにいいこともあったと前置きしてから、
「退屈だったんで。はい」
と亀二郎は頭をかいた。
とはいえ亀二郎は骨折した腕を吊っているし、顔にはいくらかアザもあるしで、完全復帰はまだ先のようである。今日は『遊びにきた』という体裁なのだった。いくら勤務先とはいえ、警察署は遊びにくるに適した場所とは言いがたいが。
寝子島警察署内の喫煙所、煙草を吸わない亀二郎がわざわざここに来たのは、この場所をこよなく愛す清恋の顔を見にきたということだろう。
「とりあえず、退院おめでとうございます」
「はいな、ありがとう」
「それでみーちゃん、例の『マル被』だけどよう」
「……みーちゃんはやめてください。
根積 宏一郎(ねづみ・こういちろう)のことですよね」
「そう。ずーっとあいつ『自分がやった』、って言い張ったのかよう」
「おっしゃる通りです。自分は二重人格で、自分のなかにひそむ
マウスとかいうモンスターがやったんだとか」
吐前さんも面通ししたでしょう? と、言いながら清恋は煙草のはじを前歯で噛みつぶす。
「そんな理屈が通りますか、っての……! あの貧相な小男が素手で鉄格子ひん曲げただのドアぶち抜いただの、どうやって証明するんですか!?」
行方不明だった少女
脇坂 香住(わきさか・かすみ)は無事に保護された。香住発見時にいあわせた住民たち、『ハローニャック』の店員たちも口をそろえて「ネズミのマスクをかぶった巨漢が暴れた」とは認めたが、根積がやったとは言わなかった。店の警備員にいたっては、巨漢の姿すら見ていないらしい。
「店の防犯カメラは?」
「ちょうど死角になってたようで」
「じゃああれだな。証拠不十分ってやつだな」
「そう思って釈放の手続きを取りました」
はぁ、と清恋は溜息をついた。
「ネズミ怪人については島内はもちろん、島外に対しても緊急手配はかけましたが……現時点ではなんら通報はありません。あんな目立つ風貌のやつがどこにどうやって消えたんだか」
二本目の煙草に火を付ける。
まさかこのまま迷宮入りになるとは思いたくないが。
ここまでお読みくださったことに感謝します。
マスターの桂木京介です。
梓 智依子さん、水槻 清恋さん、ガイドにご登場いただきありがとうございました。
ご参加いただける際は、ガイドの内容にかかわらず、自由にアクションをおかけください。
概要
本作は、私が担当したシナリオ『怪物』のエピローグないし外伝的な物語となります。
当該作のリアクションは長大な内容になってしまったので、描けなかった部分(登場しないあいだキャラクターはどうしていたのか、など)がいくつかあり、リアクションの結果生じた『その後』もないままに終わっています。
ですので本作では『怪物』の間を埋める話、前日譚あるいは後日譚を描かせていただきたく思っております。
もちろん、『怪物』の参加者さん以外の参加もお待ちしております! 当該シナリオの時期(ゴールデンウィーク前後)を舞台に、何をしていたか、あるいは、事件を知ってどう動いたかなどのアクションも歓迎です。
お気軽にご参加いだたきたく、お待ち申し上げております。
NPCについて
ガイドに未登場でもあらゆるNPCは本作に登場可能です。
特定のマスターさんが担当している非公式NPCの場合、調整が必要になりそうですが、アクションに記していただければ努力します。
ただし以下のNPCだけは取り扱いに注意が必要です。(展開によっては登場しないキャラクターもいます)
●相原 まゆ
一時の気の迷いかもしれませんが、『怪物』のガイドおよびその後の展開で、五十嵐尚輝にときめいてしまいました。(本作であっさり考え直す可能性もあります)
尚輝を映画に誘いますが、よりによってハリウッド制作怪獣映画だったりします。このチョイスは尚輝の好みからは遠いでしょう。
●五十嵐 尚輝
相原 まゆのことはただの同僚としか思っていないようです。
まゆに映画に誘われた場合どうなるかは……皆さんのアクションに影響されると思います。
ガイドの時点では連休の中日なので、後半はまた姪(ともか)の面倒を見ることになると思います。
●晴月(はづき)
超自然的な少女で、空を飛ぶことができます。
映画館に出入りして『世界の知識』を仕入れようとしています。まちがった知識ばかり仕込んでいる可能性があります。
●根積 宏一郎(ねづみ・こういちろう)
凶暴な第二人格『マウス』をもつ中年男性です。
釈放されたのち、以前見かけた子猫を保護しようと探しはじめます。
●ナターシャ・カンディンスキー/クリス・高松
巨大玩具店『ハローニャック』のアルバイト店員です。ナターシャはエージェントとしての過去をもつ冷徹な人格、『クリス』は気弱な第二人格です。
ずっとナターシャの人格は消えており、彼女の体はクリスに乗っ取られたかと思われていましたが、『怪物』のリアクションでナターシャに戻ってしまいました。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、運命の相手、ご先祖さまなど。参考シナリオがある場合はページ数も)を書いておいていただけると助かります。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
それでは次はリアクションで会いましょう!
ご参加をお待ちしております! 桂木京介でした!