Monster｜リアクション

Monster

　蒲田って子のことは考えない考えない考えない――。
　雑念を払うべく集中して左右のこめかみに指先をあて、一度深呼吸してから萌は切り出した。
「ユウくんこのあとヒマっ？」
　合鍵で『ザ・グレート・タージ・マハル』を施錠していたユウは、尻尾を踏まれた猫のような反応を見せた。
「お、おうヒマだぞ。でもどした？　そんな大きな声出して？」
「そんな大きかった？」
「だな。ガスの元栓でも閉め忘れたんかと思った」
　気合いが入りすぎていたらしい。「ちょめっ☆」と自身をデコピンして萌は言う。
「ごめんごめん驚かせて。まかない食べてるときに『大怪獣ゴング』って言葉が出たの思い出して。いまかかってる映画の『ゴアラVSゴング』が超面白いって話題なんだよね。ヒマだったらいまから観に行こうよ☆」
「おーあれか。オレもネットで予告編観て気になってたんだ」
　行こう行こうとユウはふたつ返事だった。

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　あの日――羽奈瀬リンは回想する。
　再会した晴月（はづき）はリンの顔を見るなり、突拍子もないことを口にした。
「……キスして」
　まるでそれが当たり前であるかのように。熱っぽく。
「わたしとリン、恋人ちがう？」
「同じ好きなのにちがう好き？」
　たくらみや計算があるわけではない。よく言えば無邪気、あるいは奔放、けれど非常識という表現もできるだろう。晴月によれば自分は生まれたてなのだという。その通りだとすれば無垢ではある。無垢だけになんでも吸収してしまうのかもしれない。
　同時に、晴月は気になることも言っていた。
　知識は映画館で仕入れたと。
　映画館か……。
　世に言う５W１Hで考えてみよう。
　Who：晴月が。
　Where：映画館で。
　What：映画を観る。
　ここまではすでに得ている情報どおりだ。
　さてここからが問題となる。
　Why：なぜ？
　やっぱり、社会勉強のためだろうな。
　映画には色々なジャンルがある。時代や国境なんて簡単にとびこえるし、シチュエーションもさまざまだし表現だって無限にあるだろう。てっとり早く人間社会を学ぶには適した材料といえるかもしれない。
　でもそれは危険なことでもある。舌に甘い毒薬みたいだ。作品の送り手が批判的な視点で描いていても、晴月なら戦争映画やホラーを『日常』と思う可能性はあるし、平気で人を殺すようなピカレスクものを素直に飲みこんでしまったら大変だ。
　つづいて考えるべきは、
　When：いつ？
　だろうか。
　晴月は妖精のような存在だから、きっと学校に通ったりはしていないだろう。家もないというから、たぶん家族だっていないと思う。行くとしたら日中だろうか。空いている日中の映画館に行っているのだと想像してみる。
　そうすると、
　How：どうやって？
　もだいたい予想がつく。
　晴月がお金をもっているかどうかは疑わしいし、そもそも通貨という概念を理解しているかすらわからない。
　だからきっと、飛べることを利用して通気口なり天井のすきまなりを利用して暗い映画館に忍び込んでいるのではないだろうか。
　もちろん誉められた行為じゃないけど、映画館って『大人』『子ども』の料金はあっても『妖精』なんてないだろうし――。
　もし映画に頼りきっていたとしたら、色々まちがった知識を覚えてしまいそうだな……。
　止めるにせよ注釈をするにせよ、晴月に接触する必要があるとリンは決めた。
　だけど問題は、晴月がどこに住んでいるのかわからないところだ。
　幸い今日は休日、どうしてもじっとしていられないので、リンは上着に袖を通し靴を履いた。