寝子島あやかし譚｜リアクション

寝子島あやかし譚

●見守る付喪神

　午前6時半。
　目覚まし代わりの落合まゆらのスマホから『魔法少女ミスティックアリア』のオープニングが流れる。
「ん……」
　オープニングが聞こえてしばらくして、まゆらはうっすらと目を開けた。
　眠そうな顔で何時だろうとスマホ画面を見ると、もうこんな時間なのねと起きることにした。

（あ、もう起きてきた。ということはもう朝か。早いなー）
　身体を起こしたまゆらを見ているのは、『魔法少女ミスティックアリア』の主人公ミスティの6分の1スケールのフィギュア。
　４年前まゆらが夏休みのバイト料をはたいて購入した限定品で、値段は結構お高い。
　購入されてからはいつもまゆらに声をかけられ、大切にされているうちに付喪神になった。
　起床したまゆらは、ミスティフィギュアに「おはよう」と声をかけた。
（おはよう、まゆらちゃん）
　それから身支度をして、いつものように寝子ヶ浜海岸へジョギングとボイストレーニングへ。
（朝からボイトレご苦労さま♪　今日も頑張ってね）
　行ってくるね、とミスティフィギュアに手を振ってからまゆらは部屋を出た。
（まゆらちゃん、あたしの活躍を見て声優を目指すようになったんだよね）
　付喪神のミスティフィギュアではなく、アニメのミスティであるが。
　今では想像もつかないが、まゆらは中学卒業までは内向的で大人しく、半ば引きこもりだった。
　引きこもりだった頃は鬱々としていたらしいが、今のまゆらを見ている限り、そんな風には見えない。
　まゆらがいなくなったので、ミスティフィギュアの付喪神はゆっくりと動き出した。

「あたし、姫之崎ありあ。13歳、中学１年生。どこにでもいる普通の女の子よ。
　……なぜか魔法少女に選ばれちゃったけどね。
　そう、魔法少女ミスティックアリアとはあたしのこと。

　世界に大いなる神秘の輝きを！　魔法少女ミスティックアリア！」

　アニメでお馴染みの台詞を言った後にビシッ！　と決めポーズ。
「うん、今日も良いカンジ♪」
　決まったわね、とミスティと同じ名の付喪神、姫之崎ありあは満足気に微笑む。
「付喪神になったからといって、魔法とか使えるわけじゃないけどね」
　それだけが残念、とがっかりする。
　ありあが付喪神になったことは、今のところ、まゆらに知られていない。
「大好きなミスティが付喪神になったこと知られたらちょっとヤバいかな？　バレないようにしなきゃ！」
　ミスティとの出会いで声優を目指しているまゆらのことを応援しているが、自身の正体がバレては大変。
　話しかけることはできないので、その分、心の中で挨拶をしたり、エールを送っている。

　その頃、寝子ヶ浜海岸に着いたまゆらはジョギング中にかいた汗をタオルで拭い、少し休憩してからボイストレーニングをしていた。
　発声や発音の訓練、呼吸法など、声を出すことを意識してトレーニングを行っている。
　それだけでなく、早口言葉や大好きなミスティの台詞を口にしたりと、様々な工夫を凝らす。
　こんな感じかなとスマホを見ると、自宅を出てから１時間以上過ぎていた。
「今日はこれくらいにしておこう」
　学校に遅刻するとまずいし、ある程度トレーニングをしたし、ということで朝のトレーニング終了。ジョギングで帰宅する。
　１時間半ほどすると、まゆらは帰宅し部屋に戻った。
（おかえり、まゆらちゃん。帰ってきたけど、この後すぐに学校に行くんだよね）
　急いで着替えを済ませたまゆらは、すぐに寝子島アニメーション学院声優科に行く準備をした。