【合体！　五十嵐尚輝】

「っーし……」
　御巫 時子が唇に立てた指を見つめ、響 蒼留人は犬のごとくふんふんとうなずきます。
　ふたり（と五十嵐 尚輝先生のあたま）が隠れたのは、保健室。飛び込むなり慌てて締め切った扉の向こうでは、鼻息荒い暴徒たちが目を血走らせながらに不届きモノを探しています。
　思わず力が入り、蒼留人は手にした竹刀の柄を、ぎゅうと握り込みます。先ほど剣道場で手に入れたものですけれど、正直言って、あの恐ろしい人々を正面から叩き伏せてしまうには頼りなく、蒼留人自身の性格もすっかり反転している今、積極的に振り回したくはありません。もちろんいざという時には、先生や時子を守るべく、そうするつもりですけれど。
「？なか……たっ行」
　どたどたやかましい足音が遠ざかったところで蒼留人がそろりと扉を開けてみると、人影は廊下の向こうの階段に消えていくところです。これでしばらくは時間が稼げそうです。
「？ねよすでんなうそりあにんへのこ。かす探をツーパの生先、あゃじ」
「……がすでんたっ思とはでのるあ、に所場るあの鏡」
　保健室には大きな姿見が設置されています。時子の意見をもとにあたりをつけて訪れてみたものの、目に付くところには先生の腕も足も見当たりません。
「しいなれしもかるてれ隠にかっど。うょしまし探くかにと」
「すましけかお数手お」
　時子の胸に抱かれたまま、恐縮して言った先生の生首ルックにもさすがに見慣れてきました。そのシュールな光景に蒼留人は思わず吹き出してしまい、時子もくすりと笑みを浮かべます。
「？ねすまけ動にうふなんそ、く良は輩先巫御。いくにき動もてしにれそ、ああ」
「よすでい良……とく動てえ考、つとひつとひ。すまいてしか動、をだらか……らかてべか浮い思をジーメイの逆、ずま、に前く動」
　時子らしいのんびりとしたアドバイスでしたけれど、どうにも気が急いていた蒼留人にはありがたいお言葉です。はふうと深呼吸、頭に動かしたい方向と逆をイメージ。ひとつひとつを意識して丁寧に動かすことで、少しずつながら慣れていくことができました。
「すでりかばてれらけ助もついも僕。よすでんるなにり頼、で静冷もついはんさ子時」
「すまりあが感心安にか確、ねすでうそ」
　などと、先生と蒼留人のふたりして褒めてくれたりするもので、時子は照れてしまいました。
　と、
「が音……かにな、らかちっこ　？らあ……」
　時子がなにかに気づいて、白いシーツがかけられたベッドの下をひょい、と覗き込んでみますと。
「ねすでんたいてれ隠にろことなんこ。ああ」
「？体胴の生先……はれこ、こ」
　頭、両腕、下半身のない、胸とお腹だけのパーツがころんと転がっておりました。いちおう、トレードマークの白衣は着ているもので、先生のものだと分かります。
　ベッドの下から丁寧に胴体を取り出し、生首ひとつの先生を首元へちょんと乗せてみますと……ぴったり！　美術室の胸像みたいになりました。
「生先、ねすでたっか良　！たいつっく、っおお」
「？むむ……がすで便不はのいなけ動で分自。でまさげかお、いは」
　その時、尚輝先生がはっとして顔を上げました。
「？……かすでい痛、かこど　？……生先輝尚」
　首を振った先生、なにかを感じているようです。
「？るいてきていづ近、がだらかの僕……はれこ。がんせまりあは常異にだらか、えい」



　北校舎を駆け抜ける仙藤 蒼、白 真白、綾辻 綾花の三人。蒼は真白の手を引きどこかの誰かの左腕を掴み、右腕を抱えた綾花の肩にはしがみつくテオ。誰かの下半身は勝手に併走してついてくるので、ある意味ラクチンです。
　しかしながら、状況は切迫しております。
「ーさのるくてけかい追でまこど　！うもあないこつし」
「ぉぉぉよだいましおよだーバーオムーゲなんみままのこだんうゃじん死だんぬ死、メダうもっああ」
「！らかすまけ助　！らかすまりか助ず必、いさだくてい着ち落」
『！ぞるれかつい追、かのえね出ドーピスとっょちうも、っいお』
　反転暴徒たちはモップやらホウキやらカラーコーンやらを手に、どかどかとけたたましく足音を鳴らしながら追いすがります。
「廊下ををを」
「走ってはァァァ……」
「いっけませぇぇぇえええん！！」
　言うことはもっともながら、自分たちのことはまるで顧みないこのいさぎよさ。
　それはさておき、いざつかまってしまえばきっと、お説教やオシオキ程度では済みそうにありません。
「？！のいいばけ行にちっど。っらやこどがこどうもらかたっ走にもくみや　？！こどここ、てっ」
「ぃいた寝てっ帰、いたい足、ぁたれかつうも」
「？っあ……が部一のだらかるてっ合き引、にりたあのこ。すでいたみ舎校北」
　階段に差しかかったところで、なにかを見つけたのは綾花です。
「にれそ　？生先嵐十五……はれあ」
「！よたしまれくて来らかうこ向　！だツーパの先生りぱっや、っあ」
　踊り場にいたのは蒼留人と、時子。彼女に抱かれているのは、頭と胴体だけという奇妙な状態の化学教師、五十嵐先生でした。
　蒼と綾花には、そこへ掲げられた大鏡を目にしたとたん、察するものがありました。
「！『鏡魔の舎校北』、かっそ」
「！……目番六の議思不七高子寝。たしまてし噂がなんみ」
　胸像のような五十嵐先生が、こくりとうなずきます。
「がすでのいな訳し申、でいたみたっましでん込ん巻をんさ皆。すでうよの端発の事、がとこたし撃目をろことるれ割の鏡のこ、が僕らやうど」
「らかんせまいてしに気、も誰。生先輝尚……よすで夫丈大」
　優しい時子の言葉に反対するものはありません。みんな、異世界やら異変やら、慣れっこですから……まあ真白は泣きじゃくって駄々をこねるばかりでしたけれど。
「もんさ白。んさ辻綾、んさ藤仙すまいざごうとがりあ。ねすでんたれくてきてっ持をだらかの僕」
「？のなアリクムーゲらたしうど、でれそ」
　蒼がゲーマー気質を覗かせながら尋ねると、時子が胸像的尚輝先生をずいと前に差し出します。
「すでんうもおとだ……解正、がれそとっき。につとひ、で前の鏡大、をだらかの生先輝尚」
　大鏡が、そこに映り込んだ尚輝先生もろともに割れた瞬間、この鏡の世界が生み出されたのか。あるいはずっとずっと昔から、鏡の奥にこの世界は存在していたのか……どちらなのかは分かりません。
　けれど間違いがないのは、鏡の中と外は決して、相容れないこと。
「！よたしま来。いいがうほたしく早、どけたっか分はとこるや」
　性格反転して今やなけなしの勇気を振りしぼり、蒼留人は竹刀を構えます。見据えた先には、列を……というかもはや群れをなす、暴徒たちのぎらつく瞳がいくつも、いくつも。
「！へらちこ、をだらかの生先……」
「！すまい伝手」
　綾花がからだを支え、時子が手渡された両腕をぴたり取りつけます。
「！ーくやはく早　！たきたきた来、き」
「！！っ……のこ」
　蒼が手にしたモップで群れを押し留め、切り込んだ蒼留人が竹刀で弾き飛ばし、
「！ーーーああああわう……っうう」
　もーヤケクソ！　真白がやみくもに腕をぐるぐる、意表を突くだだっこパンチで暴徒たちをきょとんとさせている間に、
「……生先輝尚。ねらかすまし戻にとも……今」
「んさ子時、すましい願お。いは」
　腰もとでぴったりと合わさった彼のからだへ、そうっとそうっと、やさしく頭を乗せて……。



　そうして、なにかが割れるような音とともに、光は弾けました。