怪物｜リアクション

怪物

　どうしてお腹が減るのかと、生物にとって根源的な問いを投げかける童謡があった。
　ケンカしていようが仲良くしていようが減るものは減る。
　ことは他者との関係性にとどまるものではない。社会的身分でも同じだ。
　高校生であろうが大学生であろうが減る。お腹が減る。
　とりわけ夕方のランニングをしていると減る。
　あの童謡って、母親に問題解決を依頼してたっけ……どんな結論になったのだったか。
　そんなことを考えてしまうのは、志波武道が現在まさしく空腹状態にあるためだ。
　空腹は空腹だが本格的に暑くなる前、梅雨もまだ先のこの時期のランニングは気持ちがいい。
　寝子島高校前生徒会長、かつ水泳部OBの武道はこの春、見事合格し木天蓼大学の社会学部に進学した。大学生になったわけだ。一気に大人になったとは思わないが、なんとなく『これまで』と『これから』のあいだである現在に、区切りのラインを引くことができたような気がする。
　ゆえにはっきりと自覚したことがあった。
　もう制服を着ることもないのか。
　少なくともあと四年間は。
　休みでもないのに毎朝、着ていく服を考えるのは思ったより億劫だった。でも努力が実れば、いつかまた新しい制服を身につける日がくることだろう。
　警察官の制服だ。
　軽快に武道は走りつづける。この道がいつか、新たな制服に袖を通す道につながっていればいいなと、とりとめもなく考えてみたりする。
　このところ定番のランニングコース、スマートウォッチをちらりと見るとなかなかの好ペースだ。ほとんど疲労を感じていないところからしても、日に日に体力が水泳部現役のころに戻ってきているような気がする。
「……？」
　寝子島中学校の前を通りかかった。
　なんか人だかりができてるな……ざわついてる？
　あれはテレビの中継車かな？　なんでまた。
　両手で顔を覆って泣いていた今道芽衣子のことが思い出された。
　またあんなことじゃなければいいけど――。
　野次馬しに行ってもいいが、今はこのペースで走りつづけたかった。

　武道が事件について知るのは翌朝となる。