怪物｜リアクション

怪物

　暗闇。
　あけはなした窓から薄明が射しこんでいるが、伊織紘之助が相対するものに対しては、光はなんの影響もおよぼしてはいなかった。
　そいつは暗闇にひそんでいる。
　真正面だ。板張りの稽古場、手のとどく距離にいる。
　暗闇を通して、色のない冷たい目で見つめてくる。
　ずっと紘之助のそばにいたのだ。おそらくは生まれたときから寄り添っていたのだ。
　紘之助がそいつの存在を、意識してこなかっただけだろう。上手に隠れていたのだから。
　けどな、と紘之助は思う。
　俺にガキができて、孫に逢って、だんだんと尻尾を見せるようになりやがった。
　孫が手前を超えていき、一人前に巣立っていって……とうとう隠れる気がなくなったってわけかい。
　紘之助はそいつの名前を知っている。
　死だ。
　みずからの死、避けられない終焉である。
　春から紘之助は独居生活に入った。必然的に自身とむきあう時間が増えている。
　紘之助は木剣を握りなおす。音をたてず深く肺に空気を送りこみ、同じペースで吐きだした。
　上段の構え。
　この白髪首がほしいかよ。ええ？

　やつが、鎌首をもたげて俺を見つめている。

このページにイラストを設定する