どかん、だ。
雷光たなびく巨大なハンマー、こいつを百メートルの高さから脳天に叩き落とされた気分。
相原 まゆはショックのあまり身をよじった。
「
オンドゥルルラギッタンディスカー!」
つづいて地面にぶっ倒れごろごろと反転し喀血――したような気分で叫んだのである。
「え……?」
五十嵐 尚輝は戸惑うほかはない。
「あー……これ『本当に裏切ったんですかー!』って言ってるわけでして」
「それはわかりますよ。でも僕、何か相原先生を裏切ったでしょうか……?」
自身が不明瞭な話しかたをしがちなせいか、相手の滑舌の悪さを妙に聞き分ける能力が尚輝にはあるのかもしれない。
それはともかく、なかば涙目でまゆは言うのである。
「五十嵐先生のこと信じてたんですよ……私」
「どうもありがとうございます」
「シンパシーも感じていたんです……独身貴族の仲間だって!」
「貴族かどうかは存じませんが、僕はずっと独身ですけれども」
嘘おっしゃい! とまゆは尚輝の腰のあたりに熱視線を向けた。
「じゃあその子は誰なんですか!? 五十嵐先生の娘さんじゃないんですか!」
それとも隠し子だとでも!? などとまたシェイクスピア悲劇みたいなトーンで言う。
「ああ、この子ですか」
尚輝は得心したようにうなずいた。
「姪です」
四、五歳とおぼしき女の子だった。いきなりオンドルナントカと叫びだした変なお姉さん(おばさん?)に怯えたのか、尚輝の背に隠れるようにしてまゆを見ている。すとんと長い桃色のワンピースを着ており、靴もやっぱり桃色のスニーカーだ。
目を引くのは顔立ちだろう。とくに頭だ。丸顔で髪はぼわぼわ、毛の量が多くて目が隠れている。尚輝と同系統の顔立ちなのである。彼を若返らせ女の子にしたら、きっと彼女のような感じになるだろう。
「へ? 姪御さん?」
「はい。二番目の姉の子です。ゴールデンウィークなんで遊びに来てるんですよ。もっとも、姉はこの子を置いて観光に行ってしまったので、僕がこうして預かっているわけですが」
そうなんですかと誤解がとけたとたん、まゆは目を星の海みたいにしてしゃがみこむ。
「おどろかせちゃってごめんなさいねー、五十嵐先生の同僚のまゆタン先生ですよ~。お名前は~?」
けれども女の子はこたえず、尚輝の体をつたって身を隠してしまった。
「かわいー! 人見知りしてるのね?」
まゆの瞳はハートマークおどるミラーボールだ。
「幼稚園の年長さんくらいですか?」
「いえ、この春小学生になりました」
「あら本当に? なんというか、抱っこしてあげたくなる可愛さですね~」
小動物系、もっといえばモルモットのようなキュートさがある。まゆはなんとかして話しかけようとしたのだが、女の子はするすると逃げて目も合わせてくれなかった。
そろそろ行きますねと尚輝は言った。まだお昼前、たまたま往来で出くわしただけなのだった。
「ああ、はい。そうだ、姪御さんのお名前は?」
「ともかです。
五十嵐 ともかと言います」
名前もかわいー! と両腕をのばしたまゆだが、やはりともかには逃げられてしまった。
「うう……もっとコミュニケートしたかった……」
まゆは、なごり惜しげに尚輝たちの背を見送るのである。
それにしてもよく似たふたりだこと、とつぶやいた。
もしかして五十嵐先生の親戚って、ぜんぶあんな感じ?
頭ぼわぼわのお父さんにお母さん、白髪頭だけどやっぱりぼわぼわのおじいちゃんとおばあちゃん――なんとなく想像して、なんとなく笑ってしまったりもした。(なお、実際はそんなことはないようだ。ぼわぼわヘアの子は、一族にたまにあらわれるだけらしい)
でもいいなー、ともかちゃん。ちっちゃかったなあ。かわいかったなあ――。
指をくわえるような気持ちでまゆは、遠ざかっていくともかを目で追う。
五十嵐先生と結婚したらあんな子が生まれるのかも?
先生ってヤボったいしコミュ障気味だけど、性格は優しいし親切だし、よく見ると顔もわりとイケてるんだよねえ……あと、肌きれいだし……。
まゆは自分の心臓のあたりを手で押さえた。
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まるで、イタチ。
ドアをするりとくぐって現れた男を目にして、
脇坂 香住(わきさか・かすみ)が最初にいだいた感想はそれだった。
身のこなしばかりではない。ひょろ長い体型、つり上がった細い目、茶色いブレザーも含め、猿ではなくイタチから進化した人間のように思えた。デニム地の野球帽、ケミカルウオッシュのジーンズというのもどこか、常人らしからぬ取り合わせだ。
男は後ろ手に扉を閉めた。猜疑心の強そうなまなざしはずっと香住に向けたままだ。
冷めた声で香住は問いかけた。
「……あなた誰です?」
「ルポライターでジャーナリスト、たまにエッセイストでもある。フリーの記者ってやつだね」
飄然と男は返答した。甲高い声だ。
「一言でいえば、マスコミってことになるかな」
「今道先生(
今道 芽衣子)がいらっしゃるって聞きましたが」
「残念、『こんどう』違いだったみたいだなあ。私は根っこに東って書いて『根東(こんどう)』って言う者で」
「お引き取り下さい」
フラッシュが焚かれた。だしぬけに根東がスマートフォンを取り出し香住を撮影したのである。
「勝手に撮影しないでください」
声が震えないよう、できるだけ毅然と香住は告げた。
「正式に許可とって入ったんだよ。取材させてよ」
甘えるような口調だったが、それも香住の気にさわった。
「お断りします」
「大丈夫だよ顔にはモザイクかけるし、名前も『少女A』にするから」
「嫌です」
「でもねー、国民には知る権利ってのがあるわけ、わかるかな? 私は国民の知る権利に使嗾(しそう)されているわけであって」
いかにも深刻そうな口調だが、目尻が垂れ下がっておりにへらにへらしているのでまるで説得力がない。
「……あ、ゴッメ~ン『使嗾』なんて言葉使っちゃって。中学生には難しいかなぁ?」
「『使嗾』の意味くらいわかります。でもその用法、まちがっています。ちゃんと辞書を引いて下さい」
文字表記すると『ヒヒヒヒ』になりそうな調子で根東は笑った。
「さっすが! 噂にたがわぬ優等生ちゃんだなあ」
みくびっている。
この男は、私を完全にみくびっている。
無力な女の子、小動物みたいなものだと軽んじている。
「脇坂さんキミさあ、例の事件、生まれて初めてさわったはずの拳銃を、ためらいもせず四連射だかしたって話じゃない? しかもぜんぶ狙いが正確で、きっちり標的に当たる撃ち方だったって……運良く当たらなかったけどさあ」
スゴイネー、と根東はまた甲高い声で笑った。
「だから世間のみなさんは知りたがってるわけよー。キミみたいな『怪物』がどうして生まれたか!」
「『怪物』……?」
「気を悪くしたのなら謝るよ。気にしないで、『天才』くらいの意味だから。じゃあインタビューに答えてくれるかな? はいまず自己紹介から! あ、もうICレコーダー回してるからいつでもどうぞー」
「帰って下さい」
「脇坂さんわかってよね、取材拒否に素直に応じてたらマスコミなんてやってられないよー。世間の皆さんが待ってるんだからキミの発言を! 強い女の子として、ネットの一部じゃキミ、崇拝の対象なんだからさあ。ほらほら、銃握ったときの感想だけでもさ!」
「……そうですか」
黙ったまま香住は、赤いボールペンを持った手を自分の背中に回した。
「お! 乗り気になった? いいぞいいぞ!」
糸のような目をさらに細めて、根東はICレコーダーを香住に向け突き出す。
「これより世間の皆さん……いえ、あなたは、私が『怪物』であることを知るでしょう」
香住は、音を立てないように左手でボールペンのキャップを外した。
握りこむようにして右手でペンをつかむと、親指でペン尻をしっかり支える。
根東は脂(やに)下がった笑顔で香住に近づいてくる。
――私に近づくな。
私に、近づくな。
香住がペンを振り上げるより早く、面談室のドアが吹き飛んだ。
自称ジャーナリストはドアの下敷きだ。そちらを一瞥すらせず、
「……お迎えに上がりました。お嬢様」
香住の前に片膝をつき、ひざまずいた巨漢がある。
薄手のスーツ姿だが、盛り上がった筋肉でスーツははち切れそうだ。腕や足ばかりではなく首も丸太のように太い。
そして、顔。
男の顔は齧歯類そっくりなのだった。具体的に言えばネズミだ。ネズミのゴムマスクを被った大男、そう表現するほかない。しかしマスクにしては、首と顔の間に継ぎ目らしいものは見当たらなかった。
「あなたこそ、『王珠(おうじゅ)』の真の所有者です。どうぞ、これをお手に」
マウスは握りこぶし大の水晶球を捧げ持ち、頭を垂れた。
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これって、と前置きしてから
芋煮 紅美は言った。
「パンツ見せるより……恥ずかしいかもしんない……」
「え? パ……」
アナログゲームとその関連書籍、プラモデルなどの販売で知られる寝子島ホビーの殿堂『クラン=G』、その店頭でかわされるにはいささか物騒な会話であろう。
待て待て、
いささかじゃすまんぞ!
七枷 陣は心のなかで修正を入れた。
祝日の真昼、レジカウンターをはさんでやとりされるようなワードではないことはまちがいない。
店はそこそこ賑わっていた。ファミレスだった平屋を居抜きで再利用したものだけに内部は広い。奥のフリーゲームスペースでは、今日もカードゲームやボードゲーム、テーブルトークRPGのセッションががほうぼうで繰り広げられている。だが幸いにしてレジ周辺は無人だ、陣と紅美をのぞいては。
陣は緑と白のエプロンを巻いている。胸には大きな店のロゴマーク、バイト中なのだ。
頬に過度の熱が集中しているにちがいない。紅美は真っ赤な顔で告げた。
「見て」
同時に彼女がカウンターに披露したものは一枚の紙だった。A3サイズ。
数学のテスト用紙だ。実力テストとある。
17点。
すがすがしいくらい丸が少ない。空白が多い。
これも、これも、と紅美は次々とテスト結果を披露した。社会に英語、国語、理科……。
19点、12点、30点、7点。
「すげーな……」
パンツと比較するのはどうかと思うが、見せるには勇気が必要だったに相違ない。
「でしょう? あたしこれでも成績良かったんだよ。小学生のときは」
私立中受験予定だったから、と紅美は言った。ゆえあって彼女は受験をやめ、島外の公立にかたちだけ入学したものの丸一年間不登校だった。
「七枷のおにーちゃん頼むよう」
「おにーちゃん?」
「勉強教えてくれよう~! これってゲームの隠れボスモンスターなんかよりヤバいやつだよ~!」
ぱしっと紅美は手を合わせ頭を下げるのである。
「いやでも……中学の勉強だろ? 僕高校生だし……ほら、千絵(
三佐倉 千絵)ちゃんにでも教わったら……?」
NGワードだったようだ、紅美はくわっと目をつり上げた。
「あいつに頭下げたくないからこうして頼んでるんだろーが!」
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卒園時に渡された園長先生からのメッセージには『とてもおとなしい子です。小学校ではもうすこし積極的になりましょうね』と書かれていた。
そんなこと、知ってる。
ママがいつもともかのことを、『引っ込み思案で困ります』と紹介していることだって知ってる。
もっとハキハキしないとねとママは言う。
あなたはシリツを受けるんだから、とも。
なんでも中学校にはシリツ(市立?)というものと、コーリツ(効率?)というものがあって、ママによればともかはシリツに行くことになっているそうで、でもシリツに行くには人前でちゃんと話せないといけないらしくて。
でもこの春小学校に入ったばかりのともかには、中学校なんてはるか遠い未来に思えてならない。そのころには、シリツだのコーリツだのという区分はなくなっているかもしれないではないか。
そもそも、どうしてシリツに行かなきゃならないのかもよくわからない。
尚輝おじさんはそういうことを言わないから好きだ。
『ともかさんは、ともかさんのままでいいんです』
いつかおじさんが言ってくれた言葉だ。尚輝おじさんはともかを子ども扱いすることなんてなくて、いつだって『さん』づけで話しかけてくれる。
だから好きだ。
五十嵐ともかはブランコに座っているが、揺らすこともなくただ両足をそろえて浮かせているだけだった。
太陽は頭のうえでかがやいている。
ちょっと暑いな。
……おじさん?
ともかは顔を上げたが、視界に飛びこんできたのは尚輝おじさんではなく、見知らぬ女の人だった。すごくきらきらした緑色の髪の毛、レモンみたいないい匂い。目の色も宝石みたいな緑色だ。
きらきらした緑の髪の人は、にこにこしている。
でも、迷子なのかとか親はどことか言われないかと、内心ともかはひやひやしていた。
けれども緑色のお姉さんは、まったく予想外のことをともかに告げたのだった。
「わたし、
晴月(はづき)、きれいに晴れた青空に月って書くの」
晴月はともかに手をさしのべた。にこっと笑う。
「いっしょに飛ばない? お空」
ともかはとても人見知りだ。
通常なら首を振るか、走って逃げてしまったことだろう。
通常なら。
「お待たせしました」
と公園に戻ってきた尚輝は、両手にジュースのペットボトルを握ったまま立ちつくしていた。
「ともかさん?」
ブランコのところにともかはいない。
「ともかさーん?」
周囲を見回す。
「どこですかー?」
手にしたペットボトルは冷たいが、それ以上に冷たい汗が尚輝の背筋をしたたり落ちていった。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
いつもガイドが長くてごめんなさい! 桂木京介です。
七枷 陣さん、ガイドにご登場いただきありがとうございました!
ご参加いただける際は、ガイドの内容にかかわらず、自由にアクションをおかけください。
概要と状況
本シナリオのテーマは『怪物』です。
シナリオガイドではいくつか事件が発生していますが、そのいずれにもかかわる必要はありません。(ですので本作のサンプルアクションも、シナリオガイドとは全然関係ない話です)
あなたの五月、その一場面を描かせていただきたいと思っています。
ガイドにはさまざまな怪物が登場しました。文字通りモンスターが登場するだけの話ではありません。自己の葛藤も怪物との遭遇でしょうし、乗り越えるべき障壁とぶつかってしまうことも、怪物と対峙するような状況といえるでしょう。
危機的状況におちいることが必須でもないのです。ほのぼのしたお話、コメディー展開も歓迎です。
あまりタイトルにこだわらず、自由にアクションをかけてください。
NPCについて
ガイドに未登場でもあらゆるNPCは本作に登場可能です。
特定のマスターさんが担当している非公式NPCの場合、調整が必要になりそうですが、アクションに記していただければ登場できるよう努力します。
ただし以下のNPCだけは取り扱いに注意が必要です。
●相原 まゆ
いままで一度も意識したことのなかった同僚、五十嵐尚輝にとつぜんのときめきを覚えてしまい戸惑っています。……気のせいかもしれません。
●五十嵐 尚輝
ほんの少し目を離した隙に姪のともかがいなくなってしまったのでパニック状態にあります。
●五十嵐 ともか
本シナリオが初登場。尚輝の姪です。(尚輝から見て次姉の娘にあたります)
後述の晴月にさそわれ、寝子島の空を飛んでいます。
楽しすぎて尚輝のことを忘れてしまっているかもしれません。
●晴月(はづき)
桂木が担当した前作シナリオで登場した謎めいた少女です。13、14歳のように見えますが、もっと年上のようにも、年下のようにも見える不思議な子です。
超自然的な存在で、空を飛ぶことができます。生まれたばかりと自称しており、いわゆる社会常識には乏しいようです。
●脇坂 香住(わきさか・かすみ)
シナリオガイドの場面は、前作シナリオのエピローグで描かなかった部分です。
香住はマウスから逃れ、夜中にはベイエリアにある巨大玩具店『ハローニャック』に逃げ込むことになります。
●吐前 亀二郎(はんざき・かめじろう)
ガイド未登場。寝子島署の老刑事です。
脇坂香住の項でふれた事件の直後、マウスと対決しますが重傷を負わされてしまいました。香住が逃れることができたのは亀二郎のおかげのようです。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、恋人、運命の相手など。参考シナリオがある場合はページ数も)を書いておいていただけると助かります。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
それでは次はリアクションで会いましょう!
あなたのご参加をお待ちしております!
桂木京介でした!