怪物｜リアクション

怪物

　バサッと音を立て、水槻清恋はテーブルに資料をひろげた。
　すべて自称記者の根東吉成（こんどう・よしみち）に関する資料だ。彼がこれまで警察がらみになった事件について調べ上げたものである。
「これ全部、あんたの前科（マエ）ね」
「おやー、こんなにありましたかぁ？」
　語尾を上げるふざけきった口調、根東は取調室の椅子にふんぞりかえり、横柄に足を組んだ。キュウリみたいな顔をニヤニヤさせている。
「おまわりさんよく調べたね？　えらいえらい」
　あきらかに舐めた口調だ。そのそもこの男は、室内だというのにデニムの野球帽を脱ごうとしない。
　だったらこちらも相応の対応をするまで。清恋は軽蔑したように言う。
「全部、くっだらない罪ばかりね」
　盗撮に盗聴、私有地不法侵入はもちろん、駐車違反も数知れない。私文書偽造まがいもちらほらあるばかりか、立件はできなかったが寸借詐欺のようなものまであった。こんなものがボロボロとでてくる。警察沙汰になった土地の範囲が広いのも特徴である。日本全国津々浦々と言いたい気分だ。
「幸いブタ箱のお世話にはなってないですけどね」
「ものによってはその可能性もあったわ。悪運強くまぬがれたみたいだけど」
「へっへへ、コネがありましてね。いささか強力な」
　しゃくれたあごをなでつつ自慢げに言う。どこまで本当なのだか。
　根東は負傷こそしたが軽く、頭に包帯が目立つ程度だった。それでも本人は気分が悪いとか痛むとかいって延々取り調べを免れようとしたのだ。清恋は粘りに粘って、ようやくここにこぎ着けたのである。
　根東は警察担当（サツ回り）記者たちからの評判も最悪だった。報道の自由などと言って個人情報を盗むのは茶飯事、現場をうろちょろして荒らし、ゴミの不法投棄まですることも多く、全方位的にはげしく嫌われていた。どこにでもするすると入りこむことから、『いたち野郎』なるあだ名もついているという。しかし根東に弱みを握られているのか、ノーコメントをつらぬく記者も一部いた。
「で、ドアをぶち抜いて入ってきた狼藉者は彼女に何をしようとしたの？」
「責任者呼んでくれや、ねえちゃん」
「は？」
「いや俺、大事なこと下っ端に話したくないんで」
　根東は椅子の背に体重をかけ、前の脚を浮かせてぶらぶらとやる。
　椅子が後方にガタンと倒れた。バランスが崩れたのだ。いたち野郎は背をしたたかに床にぶつけた。
「いでぇ！　おい！　拷問だ！」
「自分で勝手に転んだんでしょ。ボロ椅子で馬鹿なことするからよ」
　清恋は席を立ち、根東の胸ぐらをつかんで持ち上げた。
「……痩せてるクセに重いと思ったら、ずいぶん腹出てるのね」
「ば、馬鹿力が！　脅したってききゃしねえぞ！　責任者呼べって言ってんだろうが！」
「私がその『責任者』、水槻巡査部長だ！　わかったらとっとと話せ！」
　根東が小声で「……トイレに行かせてください」というのが聞こえた。
　清恋は床に、何か生温かい液体がひろがっていくのを見た。
　液体の出所は根東のデニムジーンズだった。