怪物｜リアクション

怪物

　最悪の想像はしないように、と心に決めて時子は早足で歩く。
「ともかさん、五十嵐ともかさーん」
　呼びかけながら歩く。
　コンビニをのぞいてみる。郵便局も。もちろんそれぞれのトイレにも足を向けた。
　そういえばお名前、『五十嵐』ともかさんなんですね。
　いま考えるべきではないとわかっていながら、ふとそんなことを考えてしまう。
　尚輝先生にはお姉さんがふたりいらっしゃって、歳がちかいほうのお姉さんの娘さん、ということですが……。
　だとしたらともかは五十嵐姓ではなく、姉の夫の姓になるのが一般的ではないだろうか。もちろん一般的なことが正しいことであるとは限らない。でもなにか事情があるのかもしれない。
　やめましょう。
　勝手な憶測はするべきではないだろう。
　それに、『五十嵐ともか』って、とても素敵な名前と思いますし――。
　尚輝先生に似ているという話にも、時子は胸をときめかせる。
　そこからいくらもいかないうちに、
「あらっ」
　偶然は重なるもので、時子はまた特徴的な髪型を目にしていた。タマネギのように丸くつややかな頭、茶色なところもタマネギに似ている。寝子高教師という点においても尚輝と共通していた。相原まゆなのだった。
「まゆ先生、こんにちは」
　座っていたベンチからまゆは顔を上げた。手にはコンビニで買ったとおぼしきアイスコーヒーのカップがある。ぽつ、ぽつと雨だれのようにカップからしずくがしたたっていた。氷は溶けつつある一方、ほとんど中身は減っていない。
「……ああ、うん、時子ちゃんね。元気？」
　まゆは、催眠術からさめたばかりであるかのごとくスローな口調だったが時子は気づかない。
「先生、とつぜんですが六歳くらいの、小さな女の子をみかけませんでしたか？　迷子になったみたいで……あ、その子、五十嵐尚輝先生の姪っ子さんなんです」
　まゆに起こった反応は、熟睡中の猫を水に投げ込んだかのように落差の大きいものだった。
「ともかちゃんが！？」
　飛びあがりそうなほど大きな声だ。
「ご存じなんですか！？」
　今度は時子が声をあげる番だった。
「うん、五十嵐先生に紹介してもらったから」
　まさかその『紹介』が同日のほんの少し前、それもたまたまであることなど時子には知りうるすべがない。
　まゆ先生……尚輝先生にともかさんを紹介してもらっていたなんて……。
　私もまだだったのに、という言葉が頭に浮かぶほど時子は自陣過剰ではない。むしろ逆だった。
　もしかして、尚輝先生とまゆ先生は。
　足元がぐらつく。プールに浮かべたウレタンのうえに立っているような心境になる。
　しかし時子が思考の整理をするいとまはなかった。まゆは時子を質問ぜめにして、だいたいの状況を理解したのである。
「じゃあ私は先生の自宅方面をたどってみるわ」