【球技大会】思い出に残る初夏の大会へ｜リアクション

【球技大会】思い出に残る初夏の大会へ

球技大会（前）
　寝子島高校は放課後に突入した。意気込んだ生徒達がクラスを飛び出し、一様に部室棟へ走る。早い者達はユニフォームに着替えて第一グラウンドに集結していた。気合の入ったストレッチの声が三年四組の教室に響いた。
　八神修は静かに席を立った。教科書を鞄に入れている七夜あおいの元に向かう。
「あおいは俺と同じバスケ志望だね。よかったら一緒に練習しないか」
「うん、いいよ。あ、でも体育館はクラブの人達で使えないと思うんだけど」
「大丈夫だよ。他の場所を確保している。事前に許可は取っているから安心していいよ」
　修はにこやかに笑う。安心したあおいも笑顔となった。
　二人は肩を寄せて共に教室を後にした。

　先をゆく修が立ち止まる。
「ここだよ」
「すごいね。体育館の一部が移ってきたみたい」
　あおいは青い目を丸くした。
　フェンスに囲まれた長方形の場所には艶やかに光る木の床がびっしりと敷き詰められていた。ゴールポストは一基を備え、シュート練習を可能とした。
「ボールはもちろんだけど、三角コーンもあるよ。ドリブルの練習に使うつもりだ」
「本格的だね」
「最後の球技大会だから、やれることは全て遣っておきたい。悔いが残らないように。あおいも、そうだろう」
「私はあまり深く考えてなくて、全力を出し切ったら気持ちいいよね」
　円らな瞳を細めて屈託のない笑みを見せた。
「あおいらしくて、いいね。俺も本番では全力を出し切るよ」
「うん、頑張ろう！」
　あおいは右腕を挙げる。その掌に修はパチンと手を合わせた。

　修はコートに入ると制服を速やかに脱いだ。下には体操着を仕込んでいて早々と柔軟を始める。
「私と同じだね」
　あおいも同じように体操着姿となった。ツインテールを整えて屈伸に勤しむ。
　その後、二人一組となって全身の柔軟を入念に行う。日差しの下、修の息が僅かに弾む。
　あおいが心配そうな顔で覗き込んだ。
「大丈夫？」
「平気だよ」
　中腰の姿勢を正し、自然な笑みで答えた。あおいは表情を緩めてコートを眺める。
「修君、何から始める？」
「基本のドリブルをしよう」
　修はコートの一角に向かう。三角コーンが重ねて置かれていた。纏めて担ぎ上げると中央に等間隔で一直線に並べた。
「このコーンの間を縫うようにドリブルをする。あおいも試してみてよ」
「最初にお手本をよろしくね」
　あおいは満面の笑みで拍手を送る。
「いい緊張感だ」
　修はボールを手にして軽く突き、緩やかな一歩から加速して三角コーンの間を走り抜ける。終わりまでいくとドリブルで戻ってきた。
「こんな感じで反復練習を行う。身体に覚えさせるつもりで」
「今度は私の番ね」
　用意されたボールを両手で抱え、あおいは床に落とす。反発したボールを右の掌で受けて大きな一歩を踏み出した。
「なんか、身体が、振られる」
　三角コーンの間を通ることに躍起となり、ボールの制御がままならない。蛇行が大きく、頻繁にバランスを崩した。
「あおい、少しいいか」
「アドバイスかな」
「そんな大層なものじゃないよ」
　修はボールを持った状態であおいと向き合う。
「掌を広げると安定するよ」
「こんな感じかな」
　あおいは掌を広げて見せた。修はその手をじっと見つめる。
「意外と小さいんだね」
「修君が大きくなったんだよ」
「そうなのか？」
「男らしい手になったよね」
　あおいの真っすぐな目に修は、そうか、と鼻先を掻きながら答えた。

　二人はドリブルの練習に励んだ。パスやシュートを取り入れて、空が赤く染まるまで濃密な時間を共に過ごした。

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