６月の雨の中｜リアクション

６月の雨の中

　旧市街にあるまたたび市動物園は、創立50年になる小さな動物園。
　どうにか体裁を整えている、ちょっぴり赤字経営の動物園だが、休日ともなればそれなりに親子連れの姿も見受けられる。
　それに小さいながらも味があり、週7……ってそれ毎日じゃないか、まあいいや。ともかく通い詰めている、熱狂的なファンが居た。

「うさぎさん～今日も会いに来まちたよ～」
　抑揚こそ乏しいが、無駄にいい声の早口。
　ふれあい広場のウサギ達に親愛を籠めて腕を広げるこの男こそ、寝子高2年体育科9組、行梨謡16歳。
　髪にヘアピンいっぱい挿した、おしゃれ系スレンダーボーイなのだが、どこか目を背けたくなる残念さも同居させていた。彼の目的は、ふれあい広場で毎日開催されているウサギ抱っこ。
　そう、日頃は無表情で色々無関心なのかな、と周囲に思われてそうな謡。実は案外粘着質なのか、もふもふしたものには弱く、かなり執着していた。
　中でもウサギは別格。
　現れた謡に、ウサギ達は飼育員に貰った葉っぱを咀嚼するのも忘れ、ふれあい広場の隅っこに固まって身を寄せ合い、謡の一挙手一投足に神経を尖らせているが、喜びに震える謡はそんな事には気付かない。
　意気揚々と駆け込んできた謡の、表情筋がいつになく仕事して……あ、いや緩んでるからサボってるのかもしれないが……とりあえず、今、謡の視界にはウサギ以外は入らない。
　撫でていたウサギを手放し、そそくさとふれあい広場から逃げ出した親子連れの姿など、ウサギの背景の一部に過ぎない。
「ははっ元気だなー」
　謡の腕をかかいくぐり、ウサギが逃げ惑っている事実からは、目を逸らす。
「よーしうさぎさんと同じ目線になって追いかけちゃうぞー」
　言葉と共に謡はがばりと諸手を挙げ、その勢いで地面に突っ伏した。
　そのままの体勢で、地べたを這いずり回ってウサギを追いかける。
　あくまで爽やかに。
　事実が軽やかに、跳ねるウサギのように理解を追い越していく。
　せっかく来たからと意地で残っていた、カップルが震える手でウサギを置いて、一目散に逃げていく。
　奇しくも広場のウサギを、謡が独占する状況となったわけだが。

　ぽつり、ぽつりと鼻先を濡らす水滴。
　雨だ。

「うむ？　雨かーこれじゃおさわりタイムは終了かなー」
　ウサギ達は突然の雨に、飼育小屋に入るだろう。謡としても、ふわもこコートを濡らしてしまうのは忍びない。
　諦めて、出ようと考え顔を上げた謡の瞳に、周囲の人々が皆、手を繋ぐ光景が映った。
「……ん？　なんでみんな手を繋いで……？　そういうキャンペーンか何かか？」
　そんな話、聞いてないけど。首を傾げる。
　ぽむ、と謡の手に小さな感触が乗っかった。
　うぶ毛の生えた、ピンクの口元をひくひくさせながら、一羽のウサギが謡の手に前足を重ねていた。
「うさぎさん！？　照れ屋なうさぎさんが自分から身を差し出すなんて……」
　ウサギは焦って、地面にひたすらキックをかましているが、謡は気にしない。
「きっと俺の愛がうさぎさんにようやく届いたに違いない……！」
　謡は感動と共に、ウサギを抱きしめる。
　片方の手で前足を摘んだまま柔らかな毛並みに顔を埋めれば、激しく身を捩るウサギから、肩口にウサキックをお見舞いされたが、謡には壁ドンか何かに感じられているに違いない。

　こうして。雨の中、ウサギのきゃわわさに悶え続けた謡は、パンツまでずぶ濡れになった頃、見かねた飼育員のお姉さんに手を繋がれて、事務所まで連行される事になったのだった。
　しかし謡は明日も、またたび市動物園を訪れる事だろう。

　良かったら謡のお友達の皆さん、ウサギのストレス軽減の為にも、彼をどこかへ遊びに誘ってやってはくれないだろうか。

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