勿忘草奇譚｜リアクション

勿忘草奇譚

　美野梨は男性の服装や話し方、雰囲気から、噂のその人であると確信した。
「はじめまして。神野　美野梨と言います。お名前を伺ってもいいかしら？」

「私のことはシュウと呼んでくれ」
　男性は微笑みながら答えた。

「シュウ、さん？」
　美野梨はシュウという名の小説家に心当たりがなく、それとなく彰尋にそっと疑問の視線を送った。

「あぁ、神野さん。シュウさんは小説を書いているらしくてね。この町並みを次の小説に活かしたいらしいんだ」
　彰尋は、敢えて身元を明かさなかった男性に深追いしないように、それとなく美野梨に伝えた。

　美野梨も彰尋の意図を汲み取ったようだ。
「そうなんですね。小説を書きたいのであれば、どこかに腰を落ち着かせたほうがよさそうですね」

「じーじ、こまってるんれすか？」
　その時、足元から突然声が聞こえた。

　男性と彰尋、美野梨が下を見ると、見帰り沼のコトコが男性を見上げていた。今は小学生の女の子、みぬまことこに変化しているようだ。
「おや、可愛らしいお嬢さん、じーじとは私のことかな？」
　男性はしゃがんで、ことこと同じ目線になり問いかけた。

「はい！　じーじ、いくとこないれす？」
　ことこが心配そうに男性を見つめる。

「行くとこかい？　そうだね、散歩はしていたが目的地などはなかったよ」
　男性の言葉にことこの表情がぱっと明るくなった。
「とーね、『とそかん』いくんれす！　じーじもいっしょ、いくれすか？」

　ことこの提案に美野梨が口を開いた。
「図書館なら落ち着いて小説を書くこともできそうね」

「そうか、図書館ならなにかわかるかもしれないな。
　シュウさん、図書館に行ってみませんか？」
　彰尋もことこの提案に乗る。

「図書館か……そうだね、行ってみようか。この町の図書館、大変興味がある」
　男性の言葉に４人は寝子島図書館に行くことにした。

　図書館に入ると、ことこが返却カウンターへと走って行った。
「じーじ！　ここ！　ここでごほんかえすの！　ごほんかえしたら、ごほんかりれうの！」
　ことこは嬉しそうに男性に話しかける。

「そうか、小さなお嬢さんは本が好きなんだね」
　そう言って男性はことこに微笑んだ。

　その時、図書館に本を返しに来ていた寝子島高校３年の八神修が不思議な男性に気づいた。
　見た目、立ち居振る舞いから、おそらく噂の『過去から来た人間』だろうと推測がつく。

　ことこが本を返している間に、男性は図書館の中を見て回っていた。

　そんな男性に修が声をかける。
「こんにちは。何かお探しでしたらお手伝いしますよ」
　
「あぁ、ありがとう。そうだな、小説はどこにあるかな？」
　男性は小説を探しているようだった。
　修は小説コーナーに案内すると、本の背表紙を眺める男性をじっと見ながら話しかけた。
「小説ですか……俺も本好きなんですよ。勉強が好きなもので」

　男性は本の背表紙を眺めながら、修の声に答える。
「ほぅ、勉強が好きなのはいいことだね」