勿忘草奇譚｜リアクション

勿忘草奇譚

　外へ出ると、清恋が敬礼をする。
「では、私はこれで……」

「あぁ、素敵な場所に連れてきてくれてありがとう」
　男性も清恋に軽く会釈をする。

「結局、過去に戻れそうな手掛かりは何もなかったのかしら……」
　清恋は去っていく男性の後ろ姿を見つめ、ぽつりと呟いた。
　
　寝子島高校３年の鴻上彰尋はいつものようにキャットロードに買い出しに来ていた。
　
　彰尋は、じっとある男性を見つめていた。和服姿の男性がきょろきょろと辺りを見渡している。
　ねこったーで噂が流れていたが、例の『過去から来た文豪』だろうか。
　そうだとして、もし困っているなら何か手助けがしたい。
　だからと言って『困っているなら助けます』といきなり声をかけるのもいかがなものか、と思い、そっと男性に近づき何気なく問いかける。
「もしかして、道に迷われましたか？」

　男性は彰尋の声に振り向き、ふっと笑って答えた。
「やぁ、道に迷っていたのはさっきまでの話だ。今はこの不思議な町を散策していたところだよ」

「不思議な町、ですか？」
　彰尋は、それこそ不思議な発言をする彼に反射的に疑問を口にしていた。

「あぁ、ここは日本なのだろう？　私も日本に住んでいるが、こんな町並みは見たことがなかった。なかなか面白いと思ってね」

「次の小説にでも活かそうかと思っていたところだよ。私は晩年の芸術というものを否定していてね、鉄は赤く熱しているうちに打つべきであり、花は満開のうちに眺むべきであると思うんだ」

　彰尋はその言葉から、彼が『過去から来た文豪』であることを確信し、その正体に思い当たる節があった。
「そうでしたか。俺は鴻上　彰尋と言います。あなたは？」

　彰尋の問いかけに男性は短めに答える。
「私はシュウというものだよ」

　はぐらかされたのか、はたまた自分の思い違いだったか、期待していた文豪の名前ではなかったが、彰尋は深く詮索することはしなかった。

「シュウさん、何かお困りでしたら俺でよければお手伝いします」
「おや、それはありがたい。ではさっそくひとつ聞きたいんだが」
　彰尋の言葉に、男性は人差し指を立てた。
「ここは『未来』の日本かな？」

　その言葉に彰尋は驚いた。
「なぜ、そう思うんですか？」

　男性は顎に手を当てながら答える。
「先ほど見た『学校』といい、この『町並み』といい、私の知っている日本とはずいぶんと違うものでね。それに先ほど会った婦警さんに『今は昭和だ』と言ったら、驚いた顔をしていたからね」

「なるほど……」
　彰尋は男性の言葉に納得した。

「あら？　鴻上くん？」
　ふと名前を呼ばれ彰尋は振り返る。

「神野さん」
　そこにいたのは寝子島高校３年生の神野美野梨だった。

「私、これから落神神社に行こうと思っていたの。ねこったーで『過去の文豪がタイムスリップしてきた』って噂になっていたから気になって」
　そう話す美野梨が、彰尋の隣にいる男性に気が付いた。
「あら？　もしかしてそちらの方って……」

「こんにちは、お嬢さん」
　男性は美野梨に軽く挨拶をする。