勿忘草奇譚｜リアクション

勿忘草奇譚

「あら？」
　寝子島図書館館長の森本明乃が、何やら話す男性２人を遠くから見ていた。
　１人は高校生のようだが、もう１人がなんだか違和感がある。
　和服姿にとんびコートもそうだが、なんだか雰囲気が現代人じゃない気がする。

「これは、館長として声をかけておいたほうが良さそうね」
　明乃は読んでいた本を閉じ、男性に近づく。

「こんにちは。私はここの館長をしております、森本と申します」
「おや、これはこれは館長さん、お邪魔させていただいています」
　男性は明乃に挨拶をする。

「少し、お話を伺わせていただきたいのですが、館長室まで来ていただけますか？」
　明乃は男性を連れて館長室へと向かった。

　その場に残された修は、男性の後ろ姿をじっと見ていた。

　館長室に入ると明乃は男性に椅子に座るよう促した。
「本がお好きなんですか？」
　明乃がおもむろに質問する。

「えぇ、しがない小説家をしておりましてね。本は読むのも書くのも好きです」
　男性は微笑みながら答えた。

「ここは『未来』の日本のようですね。『未来』の図書館に来れるとは光栄だ」
　にわかには信じがたいが、その言葉から彼は『過去から来た小説家』ということになる。

「あなた、お名前は？」
　恐る恐る男性に名前を聞く。
「シュウと申します」
　図書館の館長をしているが、シュウという名の小説家は聞いたことがなかった。
　
「シュウ、さんですか。少々お待ちください」
　そう言って明乃はポケットからスマホを取り出すと、シュウという名の小説家がいないか検索し始めた。
　それを男性は首をかしげながらまじまじと見ていた。

「あ、あぁ……これ？　これはスマートフォンっていうの。色々と検索もできるし、これで本も読めるのよ」
　明乃がスマートフォンについて説明すると、男性は心底驚いた顔をした。
「それはこの時代の機器なのですね。不思議な道具だ」
　その表情を見て、この男性が過去から来た人であるということはどうやら間違いないようだった。

「そういえば、未来の日本では『ぱそこん』というもので文章を作ると聞きましたが、その『すまーとふぉん』というものでも文章を作ることができるのですか？」
　男性は興味津々のようだった。

「えぇ、文字を打つこともできるわよ」
　そう言ってスマートフォンの使い方を教えていると、突然館長室の扉が大きな音を立てて開いた。
　
「あ！　じーじ、いたれす！　こんなところいたれすかー！　とー、ごほんいっぱいかりたれす！　かりたあとは、じゅーちゅかうんれすよ！　はやくいくれす！」
「そうか、わかったわかった、行こうか。
　では、私はこれで。失礼します」
　突然入ってきたことこに手を引かれるまま、男性は館長室を後にした。

「結局、『シュウ』という名前の小説家はヒットしなかったわね……」
　開いたままの扉を見ながら、明乃はぽつりと呟いた。

　ことこと一緒に図書館内の自販機の前に立つ男性。
「ほぅ、この箱から飲み物が出てくるのかい？　『未来』というものはなかなかに面白い」

「とーは、おれんじじゅーちゅ、かうんれす！　とーは、これしかとどかないれす……」
　そう言いながらことこはオレンジジュースのボタンを押す。
　ガコンと出てきたジュースの缶に男性は驚いていた。

「じーじはどれのむれすか？」
　ことこの質問に男性は「これかな」と上のほうを指さした。
「おちゃれすね！　これでかうんれすよ！」
　ことこは男性に５００円玉を渡した。
　男性は不思議そうに５００円玉を見ると、自販機に入れ、お茶のボタンを押した。

「おいしいれすね！　じーじもおいしいれすか？」
　ジュースを飲みながら男性に問いかけることこ。

「あぁ、美味しいよ。ありがとう」
　男性はことこに微笑んだ。

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