成長した姿でわくわくと身長計に乗った智瑜の耳に届いたのは、
「152センチ、です、ね……？」
　不思議そうに首を傾げる時子の声だった。
　測定板を智瑜の頭頂にあててくれている時子と、背筋を正して測定柱を背に立つ智瑜は顔を見合わせる。
「あれ？」
「おかしいですね……」
「おかしいです、いつもと変わらないような？」
　見た目は170センチほどもある智瑜を見上げ、時子は測定板が指し示す数値を確かめる。152センチ。見た目と数値の差が大きすぎる。　
「もう一度測りなおした方が良いでしょうか？」
　時子の言葉に智瑜はお願いしますと頷くも、もう一度測ったところで身長計が示すのはやっぱりいつもと同じ、そんなに高くない値。
(まさか神魂の影響？)
　理想の体型になれると言っていた白衣の女性の顔が瞼に浮かぶ。
(信じてたのに……)
　そんな～……、と肩を落とす智瑜の背中を、時子は撫でる。元気を出してくださいね、と丁寧に身長を測ってくれた保健委員に優しく声を掛けられ、智瑜は精一杯の笑顔を返した。
(先生と近くなれて嬉しかったのにぃ)
　しょんぼりとその場を後にしながら、智瑜はぎゅっと拳を握り締める。丸くなりかけた背筋をぐっと伸ばして窓の外の空を仰ぐ。食堂に行って牛乳を買おう。お風呂のあとにも牛乳を飲もう。朝ごはんにも牛乳をつけよう。
(頑張ろう、目指せ170！)
　だって大好きな義弘先生に、身長でも近づけるようになりたい。

　肩を落として測定会場から出てきた女子が、気を取り直したようにぎゅっと拳を握り締めて窓の外を見遣った。何かしらの決意を籠めた足取りでどこかへ向かう。
　自分よりも頭ひとつ以上は小柄な女子の背中を見送りつつ、羽生 碧南は測定会場の入り口を潜る。
(今年は普通、……よね？)
　ちらりと見下ろして確認するのは、自分の身体。
(うん、普通。いつもと同じ)
　去年は大変だった。
(乙女ゲーの妄想にふけっていたら性転換して)
　いつもと言えばいつも通りの神魂現象ではあったけれど、あれはあれで正直悪くなかった。何せ当時攻略したばかりの『乙女ゲー』の攻略対象とそっくりな男子の姿になれたのだから。
(楽しかった……)
　性転換して攻略対象な男子に変身してしまった自分の姿に萌えに燃えて、思わず妄想が捗った。それはもう思い切り捗った。
(……ハァハァしちゃったのはいけなかった、かな……)
　おかげで周囲から不審人物に思われてしまったけれど、
(今となってはいい思い出……か？)
　疑問符がついてしまうのは致し方がない。
　とは言え、あれから一年。最高学年になった今は、乙女ゲーに並んで青春を捧げた女子バスケット部のキャプテンを任されてもいる。後輩の面倒を見たり、チームを引っ張っていく責任を負う身となった以上、乙女ゲーに費やす時間は激減している。
(積みゲー……)
　時間が取れずともやりたいゲームはなくならない。むしろ増えてゆくばかり。いつかやろうそのうちやろうと買い込んだゲームは積み上がる一方だ。
(ううう、待ってて、きっと逢いに行くからね……！)
　愛を注ぐべきゲームの登場人物たちを胸に思い浮かべながら、碧南はほとんど無心のうちに身体測定をこなす。
　気づけば測定用紙は埋まっていて、ハイ終了とばかり会場から出されてしまっていた。
　身長は181センチ、体重は56キロ、胸囲は86センチ。聴力良好、視力も左右ともに1.5で問題なし。
(身長と胸囲は去年と変わらず、体重は二キロ増、)
　測定用紙を眺め、去年との差異を考える。乙女として体重増加は悩ましいところではあるけれど、バスケ選手としては望むところ。身長に体重が追いついておらず、選手としては細身であることを考えれば、筋肉もウエイトも増やしたい。
(筋肉……)
　細身ながら適度について引き締まっているはず、と自分のお腹を撫でてみる。体型のバランスは取れているはず。
(モデルとかに応募したらいい線行けるかも……？！)
　そうしたらもしかしたら乙女ゲームのようなイケメンのプロデューサーに見初められるかもしれない、男子モデルにちょっかいを掛けられたりするかもしれない。
　──おもしれー女
(とか言われちゃったり？)
　去年と方向性は違えど妄想に浸かってしまった碧南の脇、巫部 紫苑が通り抜ける。

(さて、今年の身体測定はどうでしょうか？)
　亜麻色の長い髪をふわり、清楚で落ち着いた雰囲気に反した豊満な胸をたゆん、そのくせ心中に思うのは、
(お腹空いてきました……)
　いつもは約三人前ほどある朝ご飯を半分にしてきてしまった弊害について。
(私も体重はちょっと気になりますし)
　お陰でお腹はもうとっくにぺこぺこで、だからきっと体重も減っているに違いない。
　廊下の窓に映る自分の姿を眺めやる。身長はそんなに変わっていないと思うけれど、
(去年もいっぱい美味しいの食べちゃいましたし)
　イベント毎の屋台全店巡りもした。
　レストランメニュー上から下まで全制覇もした。
　新店舗情報を得た端から訪れては気になる品を食べ尽くした。
(流石に体重は増えたでしょうか？)
　それでもそんなにお腹いっぱいになるまで食べた気はしていないから、増えていたとしても大した増量ではないはず。
「よろしいでしょうか」
　お淑やかに測定会場に入って順番通りに体重計の前に立つなり、紫苑は一抹の羞恥心も見せずに制服を脱いだ。現れる、凶暴なまでにおっきなおっぱいと魅惑の紫レースの下着。
(そういえば、下着もきついんでした……)
　半年前にもサイズを測ったばかりだというのに、
(また大きくなったのかしら？)
　大きいサイズのブラは機能性ばかりが重視されて可愛くないものが多い。これ以上胸が大きくなってしまえば、好みの下着を見つけることも難しくなってしまう。
「あっ、わっ、あああの、こちらに予備の体操服があるのでっ……！」
　ブラから零れ落ちてしまいそうな胸の線を指先でなぞりながら、ちょっぴり憂い顔で佇む紫苑に、測定係の女子保健委員が顔を赤くした。あわあわしながら紫苑に体操服を被せる。上下下着姿の上から体操服の上着を被っただけのその姿に、
「しまった、逆に犯罪臭がする、かも」
　頭を抱える保健委員に優しくありがとうございますと微笑み、紫苑は淡々と測定をこなす。ついでにその豊満な肢体で測定係の女子たちをもれなく魅了する。
「すみません、ウェストとヒップも測らせて……！」
「W58、H96……！」
(こちらはほぼ変化なしですね)
　ふわりと頬を赤らめ何故だか興奮しきりな保健委員から測定用紙を受け取って目を通して後、紫苑はいつも通りのマイペースで服を着替える。保健委員たちが寄越してくる羨ましそうな視線は全く気にしていない。
(身長はそのまま、ほぼ変わらずの167センチでしたね)
　聴力も正常、視力も両目1.2での題なし。体重は二キロ増の56キロではあるけれど、正直なところ体重の増加は健康であればどうでもいい。
(胸は、やっぱり大きくなってましたね)
　去年から8センチ増の102センチ、ブラのサイズにすればJといったところではあるけれど、
(余裕をもってKにしておくべきでしょうか？)
　この調子であれば、この先も順調に成長してしまうだろう胸について考える。胸が苦しいのはよろしくない。だって締め付けてしまえば美味しいご飯がその分入らなくなってしまう。
(可愛い下着があるといいのですけど……)
　寝子島にあるランジェリーショップを頭になぞりながら思い浮かべるのは、一般常識でいうところの『キュート』というよりは『セクシー』なデザインの下着。
(さて)
　元通りの制服姿に戻り、紫苑は空っぽのお腹を一撫でして慰める。身体測定が終わったとなれば、するべきことはただひとつ。
(たっぷりと美味しいものが食べられますね)
　体重増加の軛から解き放たれたとなれば、好き放題に食べるに最早何の支障もない。
(まずは学食のメニュー一周から始めましょう♪)