雨の中のワルツ - a waltz in the rain｜リアクション

雨の中のワルツ - a waltz in the rain

　昨日こそ滝のように降ったが、今日は晴れるという話だった。少なくとも傘の用意は必要ないと。
　ところが実際、目覚めてみればあいにくの空模様だった。ぽつりぽつりと降ってはやんでを繰り返している。スマホで調べた天気予報も、いつの間にやらブルーのアンブレラマークに切り替わっているではないか。
　御巫時子はため息をついた。
　でも、とすぐに気を取り直す。暗い気持ちではいられない。だって、今日は外で会う約束があるのだから。
　尚輝先生と。
　単身で雨に打たれるのは寂しいものだが、先生と傘を並べて街を歩くのなら一興ですよねと考える。
　床から出て食事して準備して、買ったばかりのワンピースに袖を通した。
　はじめては先生に見てもらいたい、そう願って購入した一張羅だ。
　春爛漫の桜色、襟はもう少し濃いベビーピンク、フレンチ・カフスの八分袖で、優雅かつ軽やかな春のよそおいだ。姫カットに整えた前髪との組み合わせはどこかレトロで、時子の柔和な目鼻立ちによく合う。
　お披露目は残念ながら雨の日となったものの、着て鏡の前に立つと、それだけで気分がはずんだ。

　雨は収まったものの、空はまだぐずついている子どもといった様相だった。
　待ち合わせはいつも通り駅前。
　いつも通り――なにげなく浮かんだ表現に時子は驚いた。
　こうやって先生と待ち合わせてどこかへ行くこと、すなわちデートが、いつの間にか日常的なものになっている。最近は先生も、『デート』という言葉をごく平然と受け入れている気がする。
　ただのお出かけ、として気軽にとらえてくださっているのでしょうか。
　それとも、もう少し深い意味も含めて――？
　どちらだとしても、時子にとっては望ましいことだ。
「先生」
　手を振ると五十嵐尚輝も振り返してきた。

　尚輝は、先日大型玩具店ハローニャックに行ったときと上から下まで同じ服装だった。上の姉にコーディネートされた装いだという。自分セレクトのはずのインナーまで同じだ。とはいえやはり、よく似合っていることはまちがいない。どうやら彼の一張羅は、現在のところこの一択らしい。ひょっとして下着まで同じなのだろうか……？
「お呼びだてしてすいません。天気も、あまり良くありませんし」
「気にすることはありませんよ。雨もまた楽しです」
　尚輝は傘の持ち合わせがないようだった。カバンに折りたたみを入れているらしい。
「先生はお昼、すませてきました？」
「いいえ。そういえばお腹が空いてきましたね」
「先にランチにしません？」
「ああ……でも僕、この辺だと立ち食い蕎麦屋しか知らないんですが……」
　恥じ入ったように尚輝は首をうつむく。
　大丈夫です、と時子は請け合った。
「少しなら私、わかりますし。飛び込みで知らない店に行ってみるのも面白いですよ」
「飛び込み……！　それは勇気ある行動ですね」
　尚輝は真顔でそんなことを言う。本気でそう思っているのだろう。
「もし不安なら立ち食い蕎麦でもいいですよ。私入ったことがないので、一度行ってみたいと思ってたんです」
　それはそれで楽しいと思う。きつね蕎麦とかあるのだろうか。
「そ、それはいけませんよせっかく」
　まで早口で告げたところで、エンストした車みたいに尚輝の語尾はモゴモゴとしたものに転じた。
「すいません先生、なんておっしゃいました？」
「せっかく御巫さんと一緒、なのに……」
　あっ――時子の胸が高鳴った。
　尚輝先生は私との時間を、特別なことだって考えてくれている。
　意識して、くれている。
　なによりも嬉しく、誇らしく、そしてちょっと照れくさかった。
　小さいけれど洒落た外見のレストランで食事した。夜はカフェバーとして営業しているという話だ。デミグラスソースのハンバーグがおいしかった。
　でもいつか、本当に立ち食い蕎麦にも行ってみたいと時子は思ったりもした。もちろん、尚輝先生と一緒に。