雨の中のワルツ - a waltz in the rain｜リアクション

雨の中のワルツ - a waltz in the rain

　どうですか、とリビングの壁を時子は示した。
「あのとき購入したジグソーパズル、完成したので額に入れて飾ってみたんです」
　ご当地パズルと銘打たれたオリジナル商品だ。寝子島の風景が写されたシリーズである。時子が選んだ図柄は、ライトアップされた観覧車の写真だった。
「本当は何度か作ってみようと思ってたんですけど、完成したら崩すのがもったいなくて」
　専用の糊でコーティングして、通販で購入した額縁に入れると立派なアートになった。
　尚輝は吸い寄せられたように見入っている。
「パッケージの写真もおぼえてますけど、完成したものは圧巻ですね。1000ピースでしたっけ、大変だったでしょう？」
「周りから作っていったんですけど、背景の黒と観覧車の部分が特に時間がかかったんですよ。雷鶏さんがくわえて持って行ってしまったこともありましたし」
　こうして一枚の絵になればまったく目立たないが、実はほんの数枚、角が欠けたピースがあるのはそのためだ。
「尚輝先生はたしか元素記号表のパズルでしたね。理科室に行ったときにはなかったですが、もう完成して崩してしまったんでしょうか？」
「終わりましたよ。手こずりそうだったので部屋に持ち帰って、休みの日に完成させたんです。気に入ったので実は僕も、額に入れて飾っています」
　御巫さんの力作に比べれば、もっと簡単で小さいんですけどねと尚輝は笑った。
「教えてくれればよかったのに」
　時子はほんの少し、拗ねたような声を出す。
「見てみたかったですね」
「でしたら――」
　尚輝の言葉がとぎれた。
　時子は小さい悲鳴を上げる。
　ボリュームを最大にしたテレビがいきなり点いたかのよう。
　ぱっと外が光ったかと思いきや、大きな雷鳴が轟いたのだ。
　光と音の間隔が近い。近くに落ちたのかもしれない。
「大丈夫ですか？」
「あ、はい……雨は好きですけど雷はちょっと苦手です」
　尚輝が近くにいてくれるから、恐怖はすぐに和らいでいく。　だが今度は、ふっと部屋の明かりが落ちた。
　薄暗くなる。
　時子は尚輝に身を寄せた。普段ならなかなか立てない距離、でも尚輝も避けたりしない。小さく身じろぎしたのがわかった。時子の肩をささえようとして、ためらったのかもしれなかった。
「停電、ですね」
「落雷の影響でしょう。でも一時的なものだと思いますよ」
　あっ、と尚輝は声を出した。
「ほらパズル、光ってますね。綺麗だなあ」
　と言う口調が少年のようで、時子も落ち着いてくる。
「電気を消すとこんな風に見えるんです」
　夜光塗料がしこんであって、暗くなると光るパズルなのだ。
　ライトアップされた観覧車の写真が、目の前にあるように浮かび上がって見える。街の明かり、背景の丸い月も、手を伸ばせばすくい取れそうなほど立体的だった。
　見とれているのだろうか、尚輝はしばし言葉を発しない。
　彼の息づかいが聞こえる。外の雨音が収まるにつれ、いっそうくっきりと。
　時子は自分の左胸に手を当てた。
　高鳴る鼓動が、聞こえてしまうんじゃないかと思ったから。
　まもなく明かりが灯った。
「コーヒー、淹れますね」
　早口で告げて、ぱたぱたと時子は台所に向かう。
　雨は上がったようだ。
　窓の外に目をやると、きれいな二重の虹が空にかかっているのが見えた。

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