参ったねとつぶやいて、
野々 ののこは空を見上げた。
雨脚はおとろえない。そればかりか、ますますさかんになってきた気がする。
「傘? なくたって平気へーきっ」
なんて言って小雨のなか、意気ようようと飛び出した過去の自分にダメ出ししたい。
頭を隠すものといってもカバンだけ、あいにくと強い向かい風があって、顔も制服も濡れねずみだ。下着にまで浸水している。
冷たい。寒い。参った。
寝子高を出てシーサイドタウンに買い物に寄って、歩いて帰る途中でこうなった。
雨宿りしようにもいい場所は見つからないし、こんな風になっては、コンビニで傘を買っても同じことだろう。
前にもこんなこと、あった気がする。
我ながらちょっとあきれてしまう。
成長してないなあ、私って。
もう高三なのに。最上級生なのに。
こんなことでいいのだろうか。
――っていうか反省はあとっ!
ののこは顔を上げた。
いまは寮に急ごう。天竺より遠くにありそうな気がするけど。
◆ ◆ ◆
傘――。
スーパーマーケットの出口、
桐島 義弘は立ちつくす。
傘立てに挿したはずの、黒い紳士傘が消失していた。
買ってまだひと月にもならない新品同様の品だ。握りの部分が円状かつ馬をかたどったデザインになっており、見事なフィボナッチ数列(黄金比率)を形成していた。
義弘は傘にこだわりがあるわけではない。適度なサイズならそれでいいというほうだ。しかしこの傘だけは例外で、ひと目見るなり気に入り、それなりの値段にもかかわらず購入したのである。フランス製だった。
少し探してみるがやはりない。
盗まれたか。
唇を噛む。
傘袋に入れて店内に持ち込むべきだった。
いや、いきなり悪意を疑うのは教育者として正しい態度ではないだろう。誰かがまちがって――と考え直そうとするも義弘は溜息をついた。
グリップが馬になっている傘と、自分の傘をとりちがえる者はそうそういないだろう。
戻って傘を買うか。
それとも、自分への罰として濡れて帰るか。
義弘が左手に提げたエコバッグから、大根の葉が顔を出している。
◆ ◆ ◆
傘といっても番傘ではない。
百均ショップにあるようなビニール傘だ。面積だって十分とはいえず、小柄な
九鬼姫(くきひめ)なのに左肩はずいぶん濡れていた。
花冷えというものか。
上着を用意しなかったことを九鬼姫は後悔している。
だがそれを言うならここに来たこと自体、後悔すべきかもしれなかった。
星ひとつない空、人っ子ひとりいない埠頭、こんな場所を待ちあわせに指定するなど怪しいに決まっている。
されど来てしもうた。
九鬼姫はため息をついた。
いつまでも恋々(レンレン)の世話になるわけにもいかんからな。
今夜は同僚のまみ子が出勤している。先日頼まれてシフト交代した分のかわりというわけだ。
高級車でも来るのかと思っていたが、意外にも停まったのは黒いワンボックスカーだった。窓はスモークスクリーン仕様、霊柩車の親戚みたいだ。
「待ったか?」
助手席から顔を出したのは
松木 長(まつき・たける)だ。オーダーメイド風の背広、柄物のネクタイ、頭髪は趣味の悪いリーゼント。にやにやしている。
「かなりな」
愛想笑いのひとつすら浮かべる気になれなかった。
「乗れや」
言い方もいちいち頭にくるが、九鬼姫はボックスカーのスライドドアを開けた。
絶句した。
昨夜から連絡が取れなくなっていた
紗央莉(さおり)が車内にいたのだ。手足を縛られた状態で。口には猿ぐつわ、目は血走っている。
背中から体当たりされ九鬼姫は車内に押し込まれた。
◆ ◆ ◆
春先の雨は、どうにも気が滅入るものだ。
しかも真夜中に近い時間帯、風まで出ているのだからなおさら――であろうか。普通の人には。
僕にはむしろ気持ちいいくらいやけど。
伏見 真はうっすらと笑みを浮かべていた。
港にそぼ降る夜雨はどこか、懐かしい匂いを運んでくれるから。
長いレインコートの裾をひるがえしそぞろ歩く。
夜の港に降る雨は、創作意欲を刺激してくれた。メロディの断片やコーラスのワンフレーズが、黒い液体にひたした水中花のように浮かんでは消える。
雨降る港かぁ。
演歌っぽい感じちゃう? なんとなく。
でなきゃ古典的な、ヨナ抜き短調のワルツとか。
春は桜のあや衣(ごろも)――。
古い古い、百年以上昔に作られた曲のワンフレーズを口ずさんでみる。
真の思索は乱暴に中断された。
黒いレインコートを着ていたから見えなかったのかもしれない。思わず声が出た。
真の真横、それも数十センチ程度の距離を黒い大型車が駆け抜けていったのだ。猛速度だった。盛大に水を跳ねていった。
頭から水をかぶる結果になった。
乱暴な運転しはるなあ。
こんな夜ふけになにを急(せ)いとんやろか。
真は腹を立てるかわりに、事情があったのかもと想像した。運転手は若い夫で、身重の妻が後部座席でうめいている――そんな光景を思い描いてみる。
だとしたらしゃあないわ。うん。
でも車が向かっていくのは港の倉庫街だ。病院とは反対の方角である。
◆ ◆ ◆
春がやってきた。
けれど今日の寝子島は雨、朝からずっと。風も出ている。
降り出した雨に打たれるか、雨のただ中に出て行くか、雨上がりの空を眺めるか。
これはそんな雨の日のあなたの物語だ。
ここまでお読み下さりありがとうございました。桂木京介です。
伏見 真さん、ガイドにご登場いただきありがとうございました!
ご参加いただける際は、ガイドの内容にかかわらず、自由にアクションをおかけください。
概要と状況
日常シナリオです。
四月上旬から中旬にかけてのひとときを切り取ったものとなります。『雨』という内容が含まれていれば時間帯、場所、シチュエーションなど、どんな内容でもかまいません。
雨を予想してレインコートから傘から完全武装で出かけたのに肩透かしだった、という変則的な内容でも歓迎いたします。
うっかり傘を持たず出てしまい級友と傘をわけあって下校するとか、雨宿りで思わぬ相手と出会ったとか、はたまた、雨上がりの小道を楽しく散歩とか、そんなアクションもお待ち申し上げております。
シナリオガイドでは事件が発生しています。
でもこの展開にかかわる必要はありません。
NPCについて
ガイドに未登場でもあらゆるNPCは本作に登場可能です。
特定のマスターさんが担当している非公式NPCの場合ちょっと調整が必要ですが、アクションに記していただければ登場できるよう努力します。
ただし以下のNPCだけは取り扱いに注意が必要です。
●紗央莉(さおり)と九鬼姫(くきひめ)
キャバクラ『プロムナード』の店員です。
紗央莉は人気ナンバーワン、九鬼姫は戦国時代の姫君だったと主張する自称タイムトラベラーです。ともに後述の松木長から引き抜きの呼びかけを受けていました。
紗央莉は断りましたが松木に誘拐され、九鬼姫は応じたもののやはり誘拐される憂き目に遭いました。
●松木 長(まつき・たける)
一時期『プロムナード』に足しげく通っていた大阪訛りの中年男性。いわゆるイケメンではありますがなぜかリーゼントヘアです。
キャバクラの経営者と名乗っていましたが、正体は人身売買のブローカーです。
※松木についてはこちら(ガイド部分)とこちら(リアクション本文)が参考となりますが、見なくても問題はありません。
●恋々(レンレン)
ガイドには未登場。やはり『プロムナード』の店員です。九鬼姫とルームシェアしています。(といっても実際の生活費は彼女が大半をになっているようで、実際のところ九鬼姫は居候に近いようです)
一時的に店を出て忘れ物をとりに部屋に戻ったところ、九鬼姫が別れの書き置きを残していったことに気付き、慌てて『プロムナード』にとって返そうとします。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、ライバル同士、恋人、運命の相手など。参考シナリオがある場合はページ数も)を書いておいていただけると助かります。
また、必ずご希望通りの展開になるとは限りません。ご了承下さい。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!