雨の中のワルツ - a waltz in the rain｜リアクション

雨の中のワルツ - a waltz in the rain

　寒い。
「……じょうぶ？」
　誰かに揺さぶられている。
　暦の意識が戻った。同時に、激しい痛みも思い出す。
　背中を中心に全身が痛む。体がばらばらになりそうだ。
　口の中も切っているらしく血の味がする。
　レインコート、台無しになったかも。
　色合いが雨蛙みたいで気に入ってたのに
「大丈夫？」
　大丈夫なはずないじゃないですか、とこたえたかった暦の唇はかすかに震えただけだ。
　派手なメイクの女性が自分を見おろしている。とりわけ派手なポイントは、マスカラが流れ落ちてピエロみたいになっているところだ。髪だってぼさぼさの蓬髪だ。でも、平時ならきっと美人なのだろうと思った。
　どこだろう。
　暗い部屋におしこめられている。オレンジのうすぼんやりした灯りがあるだけだ。あまり広くもないようだ。マットのようなものが敷かれており、自分と女の人はその上に転がされているのだとわかった。
　どうやら女性は手足を縛られているらしい。それでも懸命に呼びかけてくれている。
「あなた無事？　手当をしなくちゃ……！　あの外道、ひき逃げになるのが恐くてそのまま攫（さら）って……」
　女性ははっと身を起こした。
　ガラガラとシャッターが開くような音がしたのだ。部屋の外だ。同時に白色の電灯がつく。さっきは暗いと思ったが今度はまぶしい。
「はいはい、いいですか。警察の者ですよ。ちょっとね、ご協力をね……」
　という低い声も洩れ聞こえてきた。穏やかだが有無を言わせぬ調子だった。
「おや？　奥の部屋……気になるみたいですね。見させてもらっていいですか？　駄目？　どうして？」
　声が近づいてくるのがわかった。
「もしかして見られたくないものでも……あるんですか」
　どたっと大きな音、だがすぐに静まった。
　つづいて、カチャッという冷たい金属音。
「こちらハンザキ、容疑者確保。場所は……」
　もう一人、若い声が大声で数字を口にするのが聞こえた。
「『325』番倉庫ね、大至急応援頼むわ。あと周辺も洗って。松木の野郎、ここじゃないみたいだから。……はい、よろしくどうぞ」
　ドアが開いた。
「ここです……」
　女性がうなるように告げた。
「よかった見つかった。あなた紗央莉さんですね？」
「私は後でいいから、この子を早く助けて！　犯人の車にはねられて積み込まれんです……！　早く救急車……！」
「なんだって！？」
　やっとここで暦は、『ハンザキ』という名前を思い出したのである。
　漢字では『吐前』と書く。九鬼姫に聞き込みをしていたおじいちゃん刑事の名前だ。
　ここでふたたび暦の意識は落ちた。