雨の中のワルツ - a waltz in the rain｜リアクション

雨の中のワルツ - a waltz in the rain

　日本の警察は優秀と聞いていたけど、これほどなんて。
　柚枝は驚いた。弾丸速度で黒塗りの車がやってきたからだ。想像の三倍くらい早く到着している。
　きっと覆面パトカーだろう。なぜなら、
「寝子島署の吐前です」
　ドアが開くなり、初老の刑事らしき男性が身分証を示したからだ。よく刑事ドラマで見る光景だ。ただ、ドラマの刑事みたく格好よくはなかった。刑事吐前亀二郎（はんざき・かめじろう）は丸っこい体型の総白髪で、眉毛まで白いムク犬みたいな見た目だったから。
「綴君ね。通報ありがとう。乗って」
「は……速い到着ですね」
　さる筋から情報提供があってね、とムク犬刑事は告げた。
「ちょうどこのあたりに出るところだったんだよ」
　後部座席に柚枝を座らせ、隣で吐前は柚枝の動画を見た。
「ほぼ間違いない。目星つけてたやつだ。この車、女性を荷物みたく積み込んだって話だったね」
「はい。それで倉庫の方向に……」
　吐前は迷わない。運転席にいる若手の刑事に声を上げた。
「よしワーちゃん行け！　飛ばせよ。綴君お手柄だね。あと悪いけど例の車、探すの手伝ってくれるかな」
「あ、あの俺、こんな時間に歩いてたけどただの散歩で……」
　気にしなさんなと老刑事は歯を見せて笑った。
「オレもきみくらいのころは、しょっちゅう夜中の散歩してたもんさね。あ、ぶっ飛ばすからしっかりシートベルトしてよ！　はい！」
　柚枝が返事するより先に覆面パトカーはロケットスタートを遂げた。
　
◆　◆　◆

　港――。
　どこをどう歩いたのか覚えていない。
　ずいぶん来たと思う。
　誰にも会いたくなくて、無意識のうちに人の気配のないほうへ来てしまったのか。
　さゆるが見上げたのは、丸い屋根の無個性な建物だった。
　建物はひとつではない。
　前を見ても後ろを見ても左右を見ても、どれもこれも、まったく同じ見た目の建物ばかりなのである。港の倉庫だろう。積み上がったコンテナも数限りなくあった。
　倉庫街に入っていたようだ。
　歩いても歩いても倉庫ばかりだ。外観はいずれもコピーしたかのごとくそっくりなので、シャッターの上に描かれた数字がなければ、悪夢を見ていると錯覚したかもしれない。
　はっとしてさゆるは壁に身を寄せる。コンテナの陰だ。
　さゆるの真横を、猛スピードで黒いワンボックスカーが駆け抜けていった。さゆるの存在には気がつかなかったのだろう。車はスピードを緩めることがなかった。
　結果、もろに水をかぶったが腹を立てる気にもなれなかった。
　こんな狭い場所で。しかもこの豪雨に。
　尋常な事態ではあるまい。
　ワンボックスカーは少し先で停止した。『103』と書かれた倉庫の正面だった。
　逃げるよりもさゆるは、近づくことを選んだ。
　車から男が出てきた。二人だ。すぐに二人りかりで、大きな荷物らしきものを車から担ぎ出した。
　荷物じゃない。
　人間だ。
　男たちは女性らしき人影を前後からかかえて運んでいるのだった。彼らは『103』倉庫に消えた。間もなく明かりがつく。
　さゆるは傘を立てかけると、倉庫の壁に背を預け気配を極限まで消して明かりのもとへと近づいていく。