雨の中のワルツ - a waltz in the rain｜リアクション

雨の中のワルツ - a waltz in the rain

　まさしく特急なみの速度だった。
　スポーツカーを飛ばしてきたのだという。だから文梨みちるは、メイクはおろか髪型すら整えていない。寝間着にコートをひっかけただけというワイルドスタイル、アーナンドに導かれてバックヤードの椅子に腰かけた。
「話はわかった。リーゼントの自称キャバクラオーナー……ちらっとだけど心当たりはある」
「助かる」
　みちるが到着するまでに真遠は松木について調べていた。案の定、松木が名乗っていた店の本当のオーナーはまったくの別人だった。
「キャバのオーナーじゃないけど、芸能プロダクション経営者を名乗ってた男で、その特徴に当てはまるいけ好かないのがいたよ。ちょっと前に」
「名刺、もってきてくれましたか。その男の」
　横合いから泰葉が口を出した。
「ええ、泰葉さん。ずいぶん強調していたから」
　でもこれきっと偽名よ、と言ってみちるは泰葉に名刺を手渡した。
「いいんです」
　泰葉は名刺を手にとると目を閉じた。吉井某という名前と芸能事務所の名がプリントされただけの名刺だ。ルーレットとスロットマシン風のロゴマークが添えてある。
「私は名刺を手渡されると、名刺の主の職業に関連した経歴が頭に浮かぶんです。超能力でも第六感でも好きに呼んでください。詳しい説明はまたの機会に」
　ろっこんということか。
「わかった。いまは泰葉さんを信じる」
「ああ、こうなったら泰葉の力だけが頼りだ」
　泰葉は額をおさえた。
「やっぱり……だめ……そもそも偽名だし、本人から直接受け取ったわけじゃないから、明確なビジョンが浮かんでこない。でも見えるものがある。体育館のような建物、たくさん……」
「体育館？」
　みちるにも見当がつかないらしい。アーナンドも首を振る。
　だが真遠は違った。
「……待て。飛躍した発想かもしれないが聞いてくれ。引き抜きだろうがスカウトだろうが、やつの正体が人身売買の手配師だとすれば可能性がある。そう仮定して松木の立場で考えよう」
「うん」　
「ふたりを連れだしたらどうするか？　普通ならすぐにも寝子島を離れるところだろうが、敢えてそうせずどこか適当な場所に閉じ込める。取引のしやすい場所といえば……」
「わかった！　港ね」
「とりわけ倉庫街なんて人を隠すにはもってこいですよ！」
　アーナンドもピンときたらしい。
　いい感じだ。ひとすじの光明が入ってきたような気がする。
「そういうこと。体育館みたいな建物ってのは港の倉庫じゃないか、泰葉？」
「倉庫……うん、倉庫だと思う。それよ」
　誘拐事件のゆくえを左右するのは初動だという。
「おそらくそんなに時間はない」
　真遠はふたたび携帯を手にした。
「文梨、寝子島署の吐前刑事にこの情報を連絡してくれないか。なに、見当違いだったら俺が怒られるだけのことだ」
「それと港湾関係者ね。星山くんひょっとして伝（つて）があったりする？」
「あるんだなこれが」
　すでに真遠の携帯はコールを開始しているのだった。
「親父さん、泰葉、聞いてくれ」
　呼び出しながら真遠は皆に言い聞かせる。
「俺の読みが正しければふたりは無事だ。少なくともいきなり殺されるってことはない。そう信じようじゃないか」
　本当は、真遠が自分に言い聞かせているのかもしれなかった。
　自分のできることはここまでだろう。
　真遠は奥歯を噛みしめた。
　もどかしいがあとは、警察に任せるしかない。