【新年度】サクラサク、ひとつ大人になる四月｜リアクション

【新年度】サクラサク、ひとつ大人になる四月

●生徒会長の挨拶

　お定まり文句の祝電披露は一瞬で終わり、ダークブラウンのおさげな三つ編みを揺らして小柄な女生徒が登壇した。生徒会長の屋敷野梢だ。今年の生徒会は会長の梢以下、副会長、書記、会計に至るまで全員が女子というメンバーで『女帝生徒会』という異名で呼ばれることもある。
　一礼し、懐から蛇腹に折った白い用紙を取り出し広げると、一度新入生たちの顔を見渡した。

「生徒会長の屋敷野梢です。
　桜が満開の中、春を喜ぶように生き物たちが活発になる季節となりました。
　まずは新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。
　在校生の代表として、皆様を歓迎いたします」

　知性を感じさせる落ち着いた声だった。
　普段はもう少し間延びした口調なのだが、流石の梢も少し緊張しているのかもしれない。

「これから始まる高校生活での主人公は紛れもなく貴方自身です。
　レールを走るのも良し、道を開拓するのも良し、たまには逃げるのもいいかもしれません。大切なのは自分が選ぶこと。それには責任がつきまといますし、転ぶことも衝突することもあるでしょう。大きな障害にぶつかった時も、どこかに仲間がいるはずです。
　紆余曲折があったとしても、最後に良かったと思えるような高校生活を歩めるよう祈っています」

　梢の言葉は、校長先生の長ったらしいシトラス・ガムダンの引用よりずっとシンプルに新入生たちの胸を打った。壇上の梢からは、新入生たちの瞳が少しずつ開いてゆくのがわかった。新しい高校生活への期待が膨らんで一年生たちを包み込むように拡がっていく。桜色の絵の具がジワリ空間に広がるように。

「在校生一同応援いたしますので、困ったことがあれば是非先輩に相談してみてください。
　ただし、相談する先輩は選ぶようにしましょう。ヤバい人がいないとも言えないのがこの高校の良い所でもありますので……」
　
　在校生たちは顔を見合わせてクスクス忍び笑い。
　毒っけを忘れない生徒会長である。
　彼女のことを知る友人たちは、やっとらしさが見えたな、と笑っていることだろう。
　それから梢は、先生たちとは反対側の壁側に並ぶ生徒会の仲間たちを見遣り。

「ベストではないかもしれませんが、見ている限り生徒会にはそこまでヤバいのはいませんので、困ったら頼ってもらっても大丈夫だと思います。
　そして、なんとなく。今年は、激動の年でもあるように思えます。
　寝子高の仲間として、一緒に乗り切りましょう！」

　挨拶はこれでおしまい。一息ついて一礼し、来た時と同じように落ち着いた足取りで降壇する。
　教頭の黒崎先生と目が合う。小さく頷き微笑んでいる。
　司会じゃなければ親指を立てて労ってくれたことだろう。
『いい挨拶だったよ、お疲れさま』
　梢は「そうでしょう？」と言わんばかりに口の端を上げ、堂々と胸を張って席に戻った。

　保護者席で、ＯＢで高瀬誠也が梢の挨拶を感心して聞いていた。
（へえ、今年の生徒会長はしっかりした女の子ですね。『ただし、相談する先輩は選ぶように』ってアドバイスもいいです。『ヤバい人がいないとも言えないのがこの高校の良い所』って、本当にね）
　ふふ、と思い出し笑いしてしまう。
　自分は一応、優等生で通っていて、そういうヤバい系のやつらとは一線引いていたのだが、みている分には楽しかった気もする。今思い出せば、だが。
　日々忙しく主任プログラマーとして働く誠也にとって、高校時代はすでに遠く、懐かしいものだ。
　だから来てしまったのだろうか。
　なにか取り戻したいものがあって。
（さて次は、）
　寝子高入学式名物、《新入生の誓い》だ。
　これを見たくて来たんだ。