【新年度】サクラサク、ひとつ大人になる四月｜リアクション

【新年度】サクラサク、ひとつ大人になる四月

●ひとつ大人になる四月

　九夜山から吹きおろす温い風が春の匂いを運んでくる。
　四月。桜。今日は寝子高の入学式。
　寝子高出身の大学生である４歳上の姉、仙藤紫とともに歩く通学路は何もかも目新しい。晴れて高校１年生となった仙藤蒼は、卸したての制服のスカートが春風に揺れるのをとても新鮮に感じていた。
　寝子高の女子の制服のスカートは、その日の気分で変えられるようにチェック柄と黒の二種類がある。入学式の今日、どちらのスカートを履いていくか、蒼は朝から迷いに迷った。何しろどちらも似合うものだから余計に悩ましかったのだ。
（お姉ちゃんに決めて貰おうかと思ったら、「自分で決めなさい」ってすげなく断られちゃうし）
　結局決められなくて、ゲーマーの蒼はダイスに賭けた。
　奇数ならチェック、偶数なら黒。
　結果は……、
（５だったからチェック柄。神の采配、悪くなかったね）
　姉は黒のスーツ姿だ。美人で落ち着いた雰囲気の姉によく似あっている。
　両親はもう少ししてから学校に来るというので姉と先に出たが、こうやって新生活の始まりに自慢の姉と一緒に歩いてゆけることは、密かに誇らしい。
「ねえ、お姉ちゃん。寝子高の入学式ってどんな感じ？」
「そうね……中学校より自由で賑やかな感じだったわ。《新入生の誓い》というものがあってね」
「《新入生の誓い》？」
「高校生になったらあんなことをしたいとか、みんなの前に出て誓うの。黄色いリボンをもらってしまった人が行うしきたりで、誰に当たるかなんて全くわからなくてね。しかもウケ狙いで面白いことを言う人もいたりしてね、寝子高ってなんだフツウじゃないところなのかしらって思ったものだったわ」
「お姉ちゃんも当たった？」
　妹の問いに、紫ははにかんで頷く。
「お姉ちゃんは、どんな誓いをしたの？」
「そんなに奇を衒ったことは言ってないわよ。ごく普通に『３年間、寝子高で色々なことを学びつつ、少しずつ成長していくことを楽しみながら高校生活を送りたいと思います』というようなことを誓ったわ」
「さすがお姉ちゃん、優等生だね！」
　蒼が眩しそうに笑うので、紫は目を細めて笑い返す。
「それから校長先生がシトラス・ガムダン話を入学式でもすると思うけど、こればかりはもう試練と思って諦めるしかないわね」
　雨宮草太郎校長が、哲学者シトラス・ガムダンの名言を持ち出して長話するのは寝子高名物。たぶん何かいい話をしているのだろうが、あまりに長いので聞いている方は意識が遠のいてしまうので有名だ。
　姉のしみじみとした言いっぷりに、蒼は真剣に頷く。体験者の言葉は肝に銘じておいたほうがいい。

　信号を渡ると、校門が見えてきた。
　満開の桜が、祝いを告げるように桃色の花びらを舞い散らせている。
　紫は思わず息を呑んだ。
　四年前、１６歳だったあの日、妹と同じようにこの門をくぐったときの緊張が鮮明に思い出される。
　今日はＯＧとして、妹の保護者としてくぐる。
「お姉ちゃん！」
　桜の中、蒼が振り返る。ここで一度別れ、新入生の妹は受付を済ませて入学式に臨む。
　保護者の自分は少し間を置いて二階席に入り、入学式を見守ることになる。
「また後でね！」
　手を振る妹に手を振り返す。新生活に幸あれ、と祈りながら。

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