コブシといってもこの場合、拳（フィスト）ではなく『小節』と書くほう。ヨナ抜き音階のすなわち演歌調、北国の海が似合いそうな節回しで、鬼河内 萌、歌います！
「はぁるばるきたぜハローニャックぅう～♪」
「はるばる、ってオメー行きのシャトルバスずっと寝てたろーが」
　実に容赦のないツッコミを投げて、野菜原 ユウは「にししっ」と笑った。
「それを言ったらだめなんだよぅ～」
　気分の問題、気分のっ！　と萌は力説した。
「勝てば官軍、座れば牡丹、渡る世間は鬼に金棒ってね！」
「なにひとつ合ってねーし、意味わかんねーし」
　ふたたび容赦なきユウなのだが、でたらめな萌の言い分を楽しんでいるようで、薄手褐色のPコートの両ポケットに手を突っ込んだまま、やはり「にししっ」と歯を見せている。
　はるばる来たかどうかは別として、ハローニャック前である。天気は上々、いささか暑いくらいだ。ようやく春なのだと実感できる。
　萌はユウに『来ないと死ぬよ！　ユウくんが！』とめちゃくちゃな誘い文句のメッセージを投げ、自分の買い物に付き合わせたのだった。
　といってもユウとて萌流のノリは嫌いではない。いやむしろ好きなほうなので『そんな理由で死ぬわけにはいかねー』と返信してともにシャトルバスに乗っている。
「いや～、魔法少女モノのアイテムが入荷とあっては、このボクが避けて通るわけにはいかんでしょう」
「むしろ相手のほーが鬼河内を避けるかもしれねーぞ」
　まー行くべや、と行ってユウはハローニャックへと歩き出す。
「あれ？　ユウくん慣れた様子だね？　もしかして前に来たことある？」
　するとユウはごく当たり前のように言うのである。
「俺オープンセールの日に朝イチで来て並んだ。今日四回目くらいかな」
「えー！　ボクはじめてなのに、ずるーい！」
「なんでズルいんだよ？　……ほら、店内バカ安でソフトクリーム売ってんだ。おごってやるから行こうぜ」
「きゃー！　ユウくんビールっ腹～！」
「それを言うなら『太っ腹』だろ！」
　ビール飲んだことねーし！　ていうか腹でてねーし！　といちいち言葉をひろってツッコんでくれるのは、ユウの優しさだと萌は思うのだ。

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　英二が最初に足を向けたのはニャンプラのコーナーだった。
　言わずと知れた国民的アニメ『希望戦士ニャンダム』、本作に登場する人型メカを忠実に再現したプラモデルのことである。英二が生まれるずっと前よりある人気商品だ。
　最近は技術力の向上もあって、ニャンプラはちょっと目を疑うほど精密にして精巧になっている。にもかかわらず親切設計で、初心者でも簡単に組めるのが基本だ。とはいえ種類は豊富であり、マニアからプロにいたるまでうなるほど高度なものだって存在する。おしなべて安価なのも嬉しいところ。
　英二もニャンプラモデラーだ。しかし最近は『クラン＝G』や通販で購入することが中心で、それ以外の店のニャンプラ売り場からは遠のきつつあった。
　やっぱり色々見ておきたいからね、という気持ちでコーナーに入る。
　入ってみて驚いた。コーナーというから売り場の一角なのかと思いきや、むしろワンブロックといっていいほど大量にニャンプラが並べられているのだ。
　棚を見ても棚を見てもニャンプラ、上を見ても下を見てもニャンプラ、うず高く詰まれているのもすべてニャンプラの紙箱！　いったい何種類あるというのか！？　圧倒的な物量だ。
「なるほどなるほど……」
　一通り見回って、とりあえず概要はつかんだと思う。
　人気モデルや基本モデルのラインナップはさすがにすごい。たとえばニャクなんて販売中の全種類全モデルがあるだろう。在庫もすごい。やろうと思えばこの店だけで、原作準拠のシュニャク隊勢ぞろいができそうである。
　しかし『濃さ』という観点からすると、深く狭い専門店には及ばないのも事実だろう。
　不人気作品のモデルはさすがに少なく、数年前は流行ったのに今は忘れられがちな作品のニャンプラなんて、副主人公機が一箱ぽつんと置かれているだけだった。
　ニッパーなどの工具にはとぼしく、塗料についても同様だ。あれっと思うくらいベーシックなカラーが欠けていたりする。あまりモデラーの視点がないのかもしれない。そういう意味では『クラン＝G』には劣る。いま仮に『定年退職したから本格的にニャンプラを始めるぞ！』なんていう人が来店したら物足りなく思うのではないか。
　――それでも浅く広く……いや、それなりの深さでひたすら広いよね。
　探していた箱がいくつも見つかった。
　ネットでは品切れ、『クラン＝G』でも「入荷未定です」と店長代理に言われたようなものがポンと当たり前のように置いてあったりする。
　それにしてもまさか、ニャズＲ／Ｌなんて売ってるなんて！
　全部買ったらさすがに荷物だけど……うーん。
　悩ましい。これは本当に悩ましい。
　でもとりあえず、この機会に買えるものは買っておこう。
　入手が難しそうでお気に入りのものだけ、三箱チョイスしてカートに入れる。店内にはしばらく滞在することになりそうなので手押しカートを借りたのだ。
　部屋のことを考えると心に汗をかく。
　英二の部屋にはまだ組んでいないプラモデル、積ん読ならぬ『積みプラ』が少なからず眠っているのだ。
　まだかー、まだ組み上げてくれないのかー、という積みプラの怨嗟の声が聞こえてくるような気がする。
　でも、今買わなかったら後悔しそうだし。
　心の耳をふさいでいくらか足早に、英二はカートを押してゆくのだった。
　次はゲームのコーナーに行ってみよう。バーゲンコーナーことワゴンコーナーがあるみたいだし。
　買い逃していたゲームがあればいいな。