プールびらきはサニーデイ｜リアクション

プールびらきはサニーデイ

　――皆が羨ましい、とまでは言わないけれど……うん。
　日傘をさしてプールサイドに腰掛け、桜月は見学をしています。

　その髪は銀色、瞳は紅、黒い日傘の下にすっぽりと身を隠して陽を避けていました。
　旅鴉月詠の姿が見えます。小山内海は友達と、きゃっきゃとはしゃいでいるようです。
　――あの人はキャットアイランドでのお客さんじゃないか？
　この学校だったんだ――と月が思ったその相手は鴻上優梨乃でした。健康的なビキニ姿。ビーチボールで楽しげに遊んでいました。
　どの顔も、笑顔です。知っている誰もが、いえ……プールにいる誰もが楽しそうに見えます。
　彼女にとって太陽は天敵です。特に、夏の強い陽差しを浴びれば、焼けた部分が火傷のようになってしまいます。厳重に日焼止めを塗ってきましたがそれでも、太陽光線は避けなければなりません。
　皆が羨ましい、とはもう思いません。月がそんなことを思っていた時期はとうに過ぎました。
　それでも、胸に痛みを感じるのはなぜでしょう。
　悲しいから？　いいえ、そんなはずはありません。
　この学校に来て、月には友達ができました。おかげで毎日を楽しく過ごすことができます。
　だから悲しみではないのです。強いて言えば、太陽の下で皆と同じように水着になり、共に時間を過ごせないこと、そのことを……。
　――忌々しい。
　そう思うからかもしれません。暗い心の井戸から、そんな言葉があふれてきます。
　敬愛する祖父も祖母も、月のことを美しいと言ってくれます。祖父母の欲目ではありますまい。どこかこの世の人間ではないような、そんな儚い美が彼女には、生来、備わっていました。透き通るように白い肌も、新雪のような髪も、月の体質によるものといっていいでしょう。
　しかし、
　――こんな体でなければ私は両親から疎まれることもなかっただろう。
　友人たちの遊ぶ声、跳ねる水音、それらが入り交じり、潮騒のように月の耳を打ちました。
　同時に、風がプールの金網を撫で、塗料を剥がし錆びた金属をきしませるのも聞こえる気がしました。
　――だけど、この体でなければお祖父さま、お祖母さまと一緒に過ごすことはできなかっただろうし、この学校に来て友達を作ることもできなかった。
　わかりません。
　わからないのです、月には。
　自分がこうして生まれてきたのは、呪詛なのか、祝福なのか。
「……！」
　声にならない驚きを、月は洩らしかけて口を閉じました。
　自分の、足元の影が動いたように見えたからです。
　――気のせい、じゃない。
　心臓が高鳴ります。決して見間違いとは思えません。なぜなら、肌が粟立つようなおぞましい気配があったからです。
　月はもう知っています。自分が『もれいび』という存在であり、『ろっこん』と呼ばれる超自然能力を内に秘めているということを。
　どうしてそんな能力が身についたのか、ずいぶん疑問に感じたものです。ですがこのとき月は、その解答とまではいわずとも、ヒントのようなものをつかんだ気がしました。
　――もしかしたら、私が表に出さない思いをこの影が出そうとしてくれているのかもしれない。
　影はなにも答えてはくれませんでした。