みんな、VMewberだよ！｜リアクション

みんな、VMewberだよ！

『BAROQUE:CODE』実況

　耳鳴りがしそうなほどの無音が、心臓を痛くする。
　握ったコントローラーが汗ばんでいる。
　進行を促すボタンを押すと、コツ、コツと足音の効果音が響き、画面内のドアが開く。
「フーッ、フーッ……」
　白いメッシュの入った赤髪の青年キャラがモニターの中で肩を震わせている。スマートグラスにミリタリージャケット、履いているのはダメージジーンズ、足元は靴底が７色に光るハイカットスニーカーという出で立ちだが、中身は女子高生・稲積柚春である。
　実況プレイ中のゲームは『BAROQUE:CODE』。寝子高パソコン部が作成した学園サスペンスホラーアドベンチャーゲームだ。寝子高に似た架空の『黒音高校』に通う学生たちが、三年前に起こった失踪事件や夜の校舎に現れる謎の存在を追ううち、恐ろしい出来事に巻き込まれてゆくというストーリーで、選択肢によって幾通りものエンディングがあったり、あるルートをクリアしないと開かないルートがあったりという、マルチエンドを採用している。

　柚春がプレイしているのは、主人公の悪友で髪に黄色のメッシュを入れたり、制服を改造したり、バイク登校したり何かと目立つ陽気な男子高校生、蜂谷優(はちや・すぐる)のルートであった。優の見た目が、柚春にとって特別な思い出のある赤毛の少年が成長した姿を彷彿とさせるので、気に入っている。
　優ルートでは、三年前に失踪した彼の姉についてが語られる。彼と、彼の姉を助けるのが優ルートの目的となるが、それは取りも直さず、優自身が危険に晒されるルートでもあった。
「やだやだやだ、ここって絶対、なんかあるよね」
　人に聞かせるというより独り言に近い実況。
　実況上級者であれば、状況説明なども含めて聞いている人が分かりやすいように話すのだろうが、実況初心者の柚春にはそんな余裕はない。
「は……、あ、……ここ、探索、したほうがいいんだよね。壁……壁から行く？　机の上？　床、って選択肢もあるけど……」
　柚春が視聴者に助けを求める。
　寝子高パソコン部が作ったというゲームなのでほとんど一般に出回っていないのが功を奏し、視聴者も先がわからず、いっしょに初プレイの気持ちになれているようだ。しかも柚春の安堵したり息を呑んだりという素人っぽい吐息が、さらに視聴者の恐怖感を煽っている。
　壁から行こう、のコメントが目に飛び込む。柚春は考える。
「急に壁が剥がれ落ちて、古い白骨死体とか見えたら、いやじゃない……？」
　床がいいんじゃない？　というコメントには。
「床下に優のお姉さんが折りたたまれてたらどうしよう……」
　結局選んだのは、絶対に死体は隠れていそうもない机であった。
「机……なにか、ある……。何……、や、うそ、後ろから殴られた……！？　いやああああ！！」
　ここまで怖がってもらえたら、パソコン部の面々もクリエイター冥利に尽きるだろう。
　視聴者数の上昇はゆっくりだが着実に。数時間後、優ルートをクリアするころ達成した。
「……途中で達成しちゃわなくてかえってよかったかも……ああでも他のルートも気になっちゃう……」
　それは視聴者も同様である。
　その後しばらく『BAROQUE:CODE』はオークションサイトで高値で取引されていたらしい……。