【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

　南校舎の屋上にいた桜は見下ろした姿で叫ぶ。
「部長、水泳部の先輩達が来ましたよ！」
「ちょっと待ってよー。あと少しだからー」
「待てませんよ！　早くしてください！」
　荒太郎は専用の台に乗ってシャツやベルトの状態を確認する。
　台の側には幸次の姿もあった。クラッカーの紐を握って合図を待つ。
「待たせたけど、これで『爆速脱ぎ』はできる。台詞のあとのクラッカーはよろしくねー」
「任せてください！」
「俺もいいよぉ」
　荒太郎は一気に息を吸い込んだ。
「先輩方―、大変お世話になりましたー！」
　クラッカーの弾ける音と共に着ていた制服が舞い飛ぶ。褌の巻いていた前垂れが一気に解けて懸垂幕となった。
『三年の先輩の方々、今までありがとうございました。寝子高イェーイ！』
　悪ふざけにも思える格好と内容に笑いが起こる。先輩の中には目頭を押さえる者もいて、その想いは十分に伝わった。
　荒太郎は大きく手を振った。
「先輩方―、これからも頑張ってくださーい！　ぼくも水泳部の部長として部を盛り立てていきまーす！　あとー、また海でー、プールでー、楽しく泳ぎましょうー！　へっくし！」
　大きく身を震わせる。春の風であってもブーメランパンツ一丁は厳しい。
「無理しないで早く制服を着ろー！　風邪引いたら部活どころじゃないぞー！」
　早速、先輩の一人が笑顔で怒鳴り返した。
　荒太郎は両手を振った。その目は少し潤んでいた。
「俺も役割を果たさないとねぇ」
　幸次は自身で決めた持ち場に戻った。花びらを模した袋に手を入れた。
「これくらいでいいかなぁ」
　空に向かって投げる。ゆらゆらとした動きでピンクの花弁は卒業生に降り注ぐ。目にした生徒は歓声に似た声を上げた。
「きれいだなあ」
　撒いた幸次がうっとりした目で眺めた。近くで同じ作業をしていた女子が身を寄せた。
「早くしないと卒業生が行っちゃうよ」
「ああ、ごめんごめん。そうだよねぇ。通り過ぎる前に全部、撒かないといけないよね」
「大変だけど頑張ろう」
　女子は袋を両手で持って南校舎の横へと移動した。
　幸次は引き続き、同じところで花びらを撒いた。不規則に動く花びらと同調するように上体が少し揺れた。
「なんだか眠く……なったらダメだよねぇ」
　眠気に抗いつつ、手も動かす。それでも揺れは収まらない。
「地震じゃないよねぇ」
　妙なことを口走る。多少の自覚はあるのか。幸次は頭を一頻り振ると両手で撒き始めた。
　空を埋め尽くす程の花びらに何時しか歓声が消えた。見上げた格好で見惚れていた。
「ああ、きれいだなあ」
　休みながらも順調に袋の中身を減らしていく。その努力の甲斐があって半分は撒いた。終わりが見えてきたところで幸次はぽつりと口にした。
「来年は俺の番なのかぁ」
　すぐに頭を捻る。
　――俺の場合、無事に卒業できるのかな。悪魔や神魂とか、ややこしい問題はしばらく続くと思うんだよね。ろっこんでなんとかしないと。
「あー、そうだよ」
　不都合なことを思い出したのか。気の抜けたような声を漏らす。
　――授業中、寝てばっかりだから成績が一番の問題なんだよね。睡眠学習ってできないのかな。
　大きな欠伸を一つして幸次は作業に戻っていった。